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2017年04月13日

【作品紹介】エース君の「きかんしゃジェームス」。英国流儀の小型モーガル。好ディフォルメ

 これも意外なところから出てきた作品……という感じがします。
 世界で一番有名な「モーガル」でありましょう。

 モーガルは車軸配置が1Cの機関車。2-6-0とも。C56や8620などが該当しますが、明治期にはそれこそイギリス製のジェームスの兄弟たちが沢山日本にもやってきて、主に貨物用・勾配線用で活躍した由です。日本人にも馴染みやすいスタイルの機関車です。



 ボイラ中心高がそこそこ高めなのは、ジェームスの特徴を抑えてますね。
 また、その御蔭でスプラッシャーの表現が奥行き深く立体的なものに出来ています。スプラッシャーは古典英国機では見逃せないポイントですから。

 背の低い、小さめのキャブも正統英国流儀。

 蒸機では難しい足回り。動力をトレインモーターそのまま。第二動輪はダミー。これも一つの見識でしょう。通常径の動輪も、ロッドが掛かると動輪らしく見えます。


 顔の表現は、かう゛ぇ氏の流儀を上手く引き継いでます。現状でベストな表現といえるでしょう。鼻にブッシュ使ってるのもメリハリあって良い感じ。


 サイドビュウ。
 えてして大きくなりがちなレゴトレイン作品ですけども、ミニマムなサイズに収めようとしているのが好感持てるところです。無論、実物イメージですともう少し大きな機関車ですけども、動輪に通常車輪を使うと、この雰囲気にディフォルメしたのは好バランスです。

 ご意見あるとしたら、キャブはもう2プレートくらい嵩上げ。そうすればキャブ前端窓も表現できるかもしれません。
 また、機関車全体として炭水車が長いので、思い切って2軸アレンジ。電池boxの収まる最小寸法(8ポッチか9ポッチ)に縮めたらバランス良いかも?

 ともあれ、好ましいディフォルメのされた蒸機作品です。
(色を黒くして、灯火を備え、そして空気制動絡みのタンクやパイピングも追加すると良い感じの日本形にも化けますかも……?)
 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内の作品紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【作品紹介】スーパーマメキノコ(超豆茸)様の、南海2230系電車 意外なところから?

 関西私鉄題材を関東の方が手がける、というのも割とまれです。
(いや、自分は関西私鉄好きなんであれこれ作ってますけど)

 意外なところから、高精度な、それも良い意味で地味な題材が出てきたところで驚いております。南海でもド派手な「ラピート」は既にsauseiji氏が手がけておりますしね。

 さて、2230系電車。
 もともとは高野線用の22000系電車です。1969-1972年に導入されたもの。高野線の山岳部規格に合わせた性能と車体寸法。小柄で可愛らしく、然してハイパワーな電車でした(急勾配区間での連続登坂と、都市部での高速運転の両立)。

 後継の2000系の投入や高野線急行大運転(難波〜極楽橋)の縮小で1990年代に支線転用。2200系・2230系に改造され、今に至っています。


 超豆茸様の作品。6幅フルスケールというべき寸法です。
 窓数の省略なく。横組の側窓まわりは実物の下降窓の雰囲気をよく伝えています。

 現行の南海電車の、やや複雑な塗り分けの再現が凄い。
 よく見ると、それほど無理されていないのも分かるのですが、斜めラインの表現がインパクト十分。南海のこの色も、長く違和感はありましたが定着しちゃいましたね……。
 なお、ベースカラーは非常に薄い灰色ですが、これは白に割り切っています。
 灰色だと、ステンレス車に見えてしまいますのでこの見立ては大正解。

 屋根上。22000系の特徴であったずらっと詰まった冷房装置が細かい。1個1個手抜きなし。
 交差式パンタは常時使用の前よりのみ再現。後ろはたたんだ状態での省略です。この割切もありなのかもしれません。2230系では後ろよりパンタは通常使ってないそうですから。


 サイドビュウ。
 2ドアで17mという電車も、今の基準的には不思議な感じがあります。
 高野線山岳部は今もこの寸法しか入れないので、2000系の活躍が続いているわけですが。


 前面。ツルンとした実物の雰囲気をよく抑えておりましょう。
 前面と側面で窓位置が揃っているのも、この種の私鉄電車では重要なポイントです。

 面白いのは標識灯の表現で、クリッププレートでの「見立て」
 しかし、この種の電車の角型標識灯は意外と違和感のない再現が難しいのです(1x1プレートのクリアを挟んでどうにかなる問題じゃない!)。これも新たなアイディアとして「使える」ものでしょう。なお、前サボ受けも捨てがたいディテールです。

 意外なところからの関西私鉄デビウ。今後の展開も含め楽しみなのでした。
 
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2017年04月12日

【イベント】「海の底さえ汽車はゆく」(ブリックライブ北九州より)

 「海の底さえ汽車はゆく」このフレーズが大好きです。
 なんとも、ファンタジックで力強く。そして鉄道屋と土木屋の誇りが強烈に感じられるじゃありませんか。

 ……ただ、歌われている歌は余りに戦争末期のつらい状況故の歌詞であり、お世辞にも褒める気にはなれませんが。(戦時歌謡全て嫌いってわけではないですが)
 また、記録映画のタイトル「海底の鉄路」も、その重みを感じさせるのです。

 閑話休題。
 ブリックライブ北九州。日本初の、そして長らく唯一の存在(※)だった海底鉄道のあるこの地で、この撮影ができたことはまことに感慨深い。

 ※:日本で海底トンネルで旅客列車運行があるのは、関門トンネルの次は1988年の青函トンネルを待たねばなりません。とはいえ東京の貨物経路には1980年代に幾つか海底区間が発生しています。その流れで、今は「りんかい線」も海の底を走っています。



 ジンベエザメの許。汽車は海底の都をゆく。

 ジンベエザメは直江さんの作品です。かつて那須ハイランドパークに展示されていたもの。今回は、久々の展示。久々にやってきた晴れの舞台!
 ホワイトブロックによる都は、現場でお客様が組まれたもの。


 嘗ての「達人」と今の子供達。
 奇跡的なコラボがここに実現。もちろん、閉会後に撮影させてもらいました。
(3日目の閉会後)


 「海底列車」は、EF10形電気機関車の牽く20系客車。
 これは1958-1961年の組み合わせです。

 1930年代に製造されたEF10形電気機関車は1942年の関門トンネル開通に合わせて門司に配備されました。未だ山陽本線も鹿児島本線も未電化で蒸気機関車だった時代、下関と門司の海底トンネル区間のみは電化され、この区間専用の運用が行われた由。
 4両ほどが外板をステンレスに改め、中でも24号機は未塗装の銀色車体で活躍しました。

 20系客車は1958年から、東京〜九州方面の寝台特急用に投入された初代ブルートレイン。


 ゆったりと、泳ぐ。
 モータの音ジョイント音、高らかに響かせ、駆け抜けてゆく。

 絵本のようなファンタジィの世界、実現したのでした。


 
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【実物鉄道】北九州出張備忘録+門司港レトロ++関門航路体験記「海の底さえ通勤電車はゆく」?

 北九州行の備忘録です。

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 3月31日(金)
 19時までに設営終えて、20-23時ころ関係者一同で呑みます。
 ホテルに戻ったのは0時過ぎ。美味しくて楽しかった。でもハードでした(最後の方でポン酒呑みまくったので)。ご馳走してくださったS様、有難うございました。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 4月1日(土)
 朝起きて携帯電話(林檎の5s)無いことに気がつきます。昨夜呑んでからよったコンビニとか行くけど無い。昨晩の呑み屋に忘れた可能性を掛けて、不安なママ会場入り。運営頑張ったのでした。

 しろちゃいぬさんの支援もあり、なんとか警察に連絡。
 発見の連絡に、やや感涙。小倉はいい街です!(まぁauの5sなので市場価値が無いのも大きいかも、ですが)

 終了後18時から、呑みの話を断って、駅前からバス乗って警察署まで引き取りに。結果的に小倉の市街地を眺めて、西鉄の路線バスに乗れるというプチ観光?
 宿戻ってブログ書いたりして23時過ぎに。晩飯は牛丼買いに行って済ませる。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 4月2日(日)
 早朝起きで、しっかり朝食。朝は雨模様です。

 しかし、帰りは雨も上がってました!

 会場付近からの遠望。工場萌え!

 工業地帯の光景というのは、1950年代までは肯定的に捉えられていた感があったみたいなんでんすよね。でも、70-80年代は公害とかで超ネガティヴイメージ。自分の世代はそういう価値観で育てられましたよええ(苦笑)

 しかし、近年はポジティヴなイメージに転じてるのは承知の通り。


 小倉駅出て、モノレール。この情景、いつか九州帰ったひだかさん再現されないかしら?


 小倉駅内エキナカにて。昔の小倉駅の写真。如何にも、九州鉄道時代からの駅という趣。
 これなら、レゴでも作れます?

 この日はエキナカで一人呑み(おでんと「一銭洋食」)。
 久々に早寝です。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 4月3日(月)
 早朝起きで、しっかり朝食。


 天気はよく、気持ちよく「出勤」? 3日目にもなると良い意味の慣れも出てきました。



 帰りに小倉駅前でみた、えらくごっつい車。
 ただの痛車じゃなくて、ガチなレースカー?

 宿に戻って、仕事(苦笑)。そしてブログ書き。
 やはり晩飯23時過ぎ。ご馳走食べる余地なぞないのです。行こうと思ってたとこが締まってて変わり探すと睡眠時間が削られる……。

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 4月4日(火)
 早朝起きで、しっかり朝食です。
 ただ、事前準備の必要ないので会場着も8時過ぎでよく気楽。


 天気も良いですし。

 この日は北九州の最後の夜になるので、終了後は思い切って門司港へ出向きます。2-3時間もあれば一回り出来るだろうと。


 夕方17時過ぎ。小倉来て5日目、やっと九州の列車を間近に見ました。
 787系は25年も前の電車なのに綺麗ですよね。今の電車って老けるのが遅い感じ。

 ここから普通電車で軽く門司港へ。3駅。


 この辺の電車は転クロ率高いけど敢えてかぶりつき。
 側線を2本挟んで、その右に見えるのが「海底の鉄路」関門トンネルへの入り口。

 小倉から門司港まで、どこかの操車場がずっと続いてるかのように常に線路がいっぱい。門司港方面への分岐を過ぎて貨物はなくなっても、今度は旅客系統の電留線が広がってます。国鉄時代は関門トンネル下関方面の方がメインで、門司港方面分岐のほうが支線的印象でしたが、分割後は逆になった感じ。
(恰も関門トンネル開通前のような?)門司港系統の方がメインラインで、下関方面は今や支線的扱い?


 門司港着。5分ほどの乗車。どうでもいいけどなんで811系って水戸岡デザインにならないんでしょう? 更新時辺りにやるのかしら。

 門司港駅は数年ぶり2度め。


 門司港駅。インダストリアルなプレハブが特徴(苦笑)。
 この特徴ある駅舎も数年後に解体され、ただの洋館になってしまうとか。
<<続きを読む>>
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2017年04月11日

【イベント】4月3日 ブリックライブ北九州3日目レポート。別アングル沢山です!【写真31枚】

 前回記事
「4月2日。ブリックライブ2日目レポート正式版」
http://legotrain.seesaa.net/article/448819451.html
「ブリックライブ北九州 1日目(鉄道中心に)」
http://legotrain.seesaa.net/article/448642087.html
「18年ぶりの「はかた号」(往路篇)。あぁ快適過ぎる高速バス。」
http://legotrain.seesaa.net/article/448698138.html


 なお、ひだか様撮影・編集の動画が上がっております。

 一般トレイン篇


 モノレール篇


 ピアノ篇

 あと、ブリックライブ自体に対する印象はこれが正確かと。


 同意・同感!

 とにー様は「最も伝統あるレゴオフ会」であるミリオフの創始者で、我々の先人です。そして九州でビルダーを纏めてくださってる。その方の言葉は重いのですよ。


 さて。3日目。4月3日 月曜日。
 この日からは支援なく、一人で展示ブースを回さねばなりません。別名ワンオペ(笑)。
 でも、幸いにも上手くいきました。ほぼ「列車運行を絶やすことなく」1日回し切る。展示では「止めない」ことは大事です。この辺はリアルな公共交通の運行にも通じますが。違いはこっちは事故がソドー島よりも多いこと……ですね。事故っても死なない復活・復旧できるのも大きく違いますけども。


 開始前の全景です。
 この面積・規模、ワンオペの限界として記憶しておいて良いかも。また、3日目になると「色々落ち着いてる」のも大きい。脱線しそうな箇所とか運行しながらも微修正入れてますから。


 ずらっと線路が並ぶ。壮観!
 左から路面1路面2 機留線 外本線 外側線 内側線(その上に高架線) 電留線1 電留線2 電留線3(その上に高架側線) 内側線(その上に高架本線) 外側線


 「九州への道行。1958-2017」
 寝台特急は1958年から。大阪や岡山と博多・熊本を結ぶ急行電車は1961年。
 新幹線は1975年以降(500系は1992年〜)

 並走していく!


 EF10 24号機の「九州特急」。
 1964年に「はくつる」で東北筋に導入される前、20系編成の列車は「九州特急」を名乗っていました。ブルートレインが定着するのは、東京〜九州系統以外に20系が投入された1964年以降のことです。

 ただ1両の銀釜24号機が20系を牽いている写真は多々残されています。1958-1961年の間にこのシーン、どれほど見られたことでしょうか?

 なお、デッキ付旧型電機と20系の組み合わせは補機EF16やEF59。他には1977-78年の東北筋の急行でのEF57くらいですからレアケースです(何時か全部再現したいですが)。


 もちろん、お子様ドン引き?
 いいんです。この灰色の機関車何かな?ってところから鉄道趣味は始まると思いますので。コロタン文庫の「ブルートレイン全百科」の濃ゆさは自分の原点の一つ。


 無論、上では500系を走らせてバランスを取ります(笑)。
 mugen様、改めて感謝をば。


 急行電車と並走。500系のデビウ地点では未だ475系も普通列車では健在だったんですよね。そう思うと500系も既に歴史の一部であることを感じさせられると。


 さて。この日の目玉は2日目は展示のみだった885系「ソニック/かもめ」の登板。
 走らせてみると、sauseiji様作品の中では軽め?で運転のし易い作品でした。

 車体断面の丸みが美しい作品です。


 駅前通りゆくは名鉄3400系。
 
 駅前通りのmugen様作品と、背後の直江さん作品の融合が素敵すぎます。
 例によっての「豪華に過ぎる借景」。この催しならではの光景ですよ。

 ちらりと800系も。


 斜めの横切り。ここは自画自賛に気に入りポイント。理想申せば何らかのトラス橋でも用意したかったのですが……。今回は他と同じガーダーで我慢。

 奥のひな壇の下はコントロールスペース。9Vスピードレギュレータが4個並ぶのも最近では珍しい? 然し、こうした運行だと9Vの安定性に支えられる感強いです。

 まぁ走ってる922形はPFですけども。
 なお、今の子供さんにとってはドクターイエロー=923形なのですね。
 関山にとっちゃ923形というと<<続きを読む>>
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2017年04月10日

【イベント】4月9日 横浜市大レゴオフ(ヨコイチレゴオフ)レポート

 昨週末の横浜市大のレゴ部開催のオフ会、日取りが良くないのか(4月のオフ会は難しいのですね……)参加人数はやや物足りなかった?

 然し、余裕のある会場・スケジュールとなりました。このまったり感も捨てがたいものです。恰も、原点に戻ったような。


 或る意味地元。電車30分でつく会場というありがたさ。
 でも、金沢八景は神奈川県外からだと遠い印象なのかしら?
(電車は京急の新型 祝!車端クロス復活!)


 先ずはネタ列車から。
 awazo様がEF10形電気機関車(31号機)を持ってきてくださった。で、関山は共産圏客車を持ってきてる。
 車掌車も揃ってる! そこで実現したのが
「1975年頃、東急車輛製造のソビエト連邦(サハリン)向け輸出客車を、受入前検査の都合で日本国内(東海道線)で試運転を、複数回行った事例」
 の再現です。


 コレ、当時はマニ30級の極秘扱いであり、それが報じられたのが90年代以降という……。根府川などで撮影された記録はあるようですが、webでは見つからず。機関車はEF15等。甲種扱いなのか、車掌車がソ連客車を挟んで編成でした。

 あ、この再現、客車は飽く迄中国18系などなので「雰囲気」の再現ですよ。

 でも何故か、腹立たしいほど似合ってる(笑)。
 長らくソビエトではアメリカ流儀のデッキ付箱型の直流電機を愛用しており(相当な両数です)、それがEF10に似ているのも大きいかもしれません。何れソ連電機も更に作れってか?




 awazo様が9V環境と駅を持ってきてくれました。良い雰囲気。




 なし様の廃線跡ジオラマ(午前中のみ)
 此処に留置する車両は国鉄貨車より私有貨車のほうが何故か似合う気がします。

 吉岡心平氏のあの文体が蘇ってくるような。貨車サイト復活してくれ……。


 ご当時題材。京急2100形(意外と出番ないなぁ)。背景は横浜市立大キャンバス。

 何時かは線路いっぱい、赤い電車いっぱい……を行ってみたいものです。


 収容部全景。ポイントがそれなりにあるので側線収容力は高い感じ。


 ちょっと魅惑な風景。


 この日はリアルの583系もさよなら運転。




 無論、ファンが犇めく!のです。


 広々空間なので、<<続きを読む>>
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2017年04月09日

【作品紹介】三木勘吉様の阪急4050形救援車。今なお健在の名車920形

 阪急920形という歴史的名車。
 1927年から1947年まで製造され、1982年に旅客用から退役。

 この車、実は4両が「現役」です。
 もちろん営業用車ではなく事業用車。4050形(4250形)。非動力の救援車として待機している由。真っ黒な窓埋めした車体。そこには920形時代の面影も多々のこす。その上、嘗ての有象無象の電動貨車群の雰囲気さえ伝える。

 正雀の動態保存車たちにも匹敵する、貴重な車両です。


 画像は関山の2014年作品
http://legotrain.seesaa.net/article/399163143.html
 辛うじて実物乗車の機会も多かった(当時、宝塚に親戚多し)ので思い入れある電車でなのです。
 



 三木様の4050形。
 真っ黒な車体。大型扉があるために非対称の前面。前照灯後ろのパトランプ。埋められた窓。特徴を余すことなく再現。


 面影を残しつつ、920原型とは違う魅力を放っています。
 シルヘッダ表現は穏やかなものですが、横組窓でそれらしく見えるのが印象的ですね。救援車故の大型の扉はタイル張りでの再現です。


 サイドビュウ。


 前面。前サボは洒落(笑)。独特の表情の雰囲気、出ています。
 台車はボルスタアンカの表現がそれっぽい。実物は1990年代に920由来のボールドウィン系台車を、1000系列の廃品台車に交換していますので、その後の再現ということになりますね。


 こだわりの、窓埋め跡。
 この表現はいろいろな車両にも使えそうです。

 4050(4250)形救援車は動力無しなので、出動はもちろん試運転時には現役各種の阪急電車と連結されての姿となります。
 そんな再現も行ってみたいものですね。
 
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2017年04月08日

【作品紹介】アイン様のEF60形電気機関車。今なお現役の19号機。

 先方の記事:レゴ EF60完成
https://blogs.yahoo.co.jp/ainchan10

 恥ずかしながら、EF60形電気機関車(1960年製造)が未だ現役(動態保存)なのを失念しておりました。また、19号機はやすらぎ色のイメージ強かった。
 でも、今は国鉄色なのですね。

 EF60形。言うまでもなくF級新型電機の始祖形式。この改良でEF64やEF65が生まれ、国鉄時代の流れを造りました。とはいえ、EF60の初期型(19号機もそれ)を今の目で見ると、前面の二枚窓や側面など、それ迄のEF58などとの共通性も感じられたりもします。

 一般貨物列車用の0代と特急旅客用の500代があり、それぞれに車体形状が二種類ありました(後期型はEF65と同形です)。大多数は1986年に退役、廃車となりました。
 それから30年。今やビンテージ・ロコ。歴史の重みある機関車です。



 実物写真。k.matsubara様撮影<2017 04/08>。現役の証也!

 さて。
 この機関車もEF81辺りと並んで「レゴ6幅では難しい」とされてきた機関車です。理由は割り切るにも割り切れないセンターピラーの存在。レゴがレゴである以上、あの細いピラーの答えが見つからない!


 アイン様の作品、前面窓を1ポッチ分の横組にすることでピラーをプレートで表現しています。
 前面窓の空間は高さ3プレート分。それに対して1ポッチ=2.5プレート分。
 微妙な隙間ができますが、視覚的にまったく気にならず、寧ろHゴムの表現に見えるのですね。
 この割り切りと技法は有りだと思いますし、他の国鉄電機にも広範に応用できそうです。EF81やEF80はもちろん、角度つけたらED72とかED73辺りも……?

 一方、やや平板な印象あるのは残念。でも、解放テコやステップの追加で大化けしてきそうです。
 細部ですが、ライトケースの表現。タイルのグローブ部分を上手く使ってます。それっぽい! また連結器両脇の通気口も印象的です。


 前面形状は1種類に絞りきれなかったようで、反対側は別形状。
 こちらは実物の稜線を意識されたもの。平板な印象はこちら側では皆無! また、僅かながら前面下部中央が外に張り出しますので、前面傾斜の表現にもなっているのですね。僅かな後退角と僅かな傾斜、この機関車をとてもスマートに魅せます。
 テールライトの位置も含め、個人的にはこちらの顔のほうが好みです。
 ただ、この形状だとヘッドマークの取り付けが困難という欠点がありますが。
(あと、将来的に500番代作られること考えると、この構造のままでは不可?)


 サイドビュウ。B-B-Bの車軸配置はB-Bへの割愛ですがこのスケールでは気になりません。無理なくゆとりがある足回りは電機らしいです。

 惜しいのが床面高さが電機にしては低いこと。電気機関車は客車と編成にすると床面が高く見えるので、1プレートでも床面上げ、車輪と床面の間に何らかのディテール入れると、スマートで速そうで、そして力強い印象が加わると思うのですが。

 また、サイドの窓のラインは運転台や乗務員ドアも含めて上下位置が揃っている方とより美しくなります。センターの窓2つとルーバーも横組みにされると、やはり化けてきそうな……? 青のグリルブロックが足りないなら(さり気なく今は希少部品)、濃灰での代用もありだと思いますし。


 列車を牽いて。EF60とシナサロの組み合わせは決して多いものではありませんでしたが、皆無ではなかったようです。見慣れた?EF58やEF65の組あわせとも違う良さがありますよね。凄く、似合ってる!


 やはり、EF60の床面を1プレート上げると、客車に対する高さ方向のボリューム不足も是正できそうです。

 EF60はよくぞ作られた! と言える題材です。
 そして、改良やら応用のポテンシャルもとても大きな作品といえるでしょう。
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2017年04月07日

【作品紹介】色が違うと印象も違う? エース君の近鉄900系電車。

 近鉄900系電車は1961年に製造された、奈良線初の大型電車。
 それまでの奈良線は高性能車であっても17m級で車体幅の狭い800/820形でしたから、この車両は画期的なものでした。20mの上、大阪線よりも車体幅が10cmも広い2800mm。

 ただし、生駒トンネルの改良が終わるまでは奈良行は我慢。
 新生駒トンネル開通後は大阪〜奈良間の主役に躍り出ます。

 なお、大型高性能車であるにもかかわらず番号が3桁なのは600V用であったため。無論1500V昇圧は念頭に置かれ、無事に改造されていますが。最初から1500V仕様なのがお馴染み8000系というわけです。

 塗色は他の大型車(大阪線・名古屋線など)同様の、クリーム色に青帯。
 1965年頃から、近鉄マルーンに改められてしまうのですが。

 1988年頃に冷房改造。冷房改造と更新が遅れたため延命となり、2002年まで活躍を続けました。引退間際にはオリジナルの塗色への復刻も行われ、引退の花道を飾りました。


 エース君作品。いつもの近鉄……に見えて、塗色変わると印象は大きく変わってくるものです。濃緑の電車だらけだったデビウ当時はさぞかし目立ったことでしょうし、引退時の復刻塗色も赤白の電車の中ではインパクトあったでしょう。900系は2両口ですから、他車両との混結だってあったのかも?

 屋根はポチスロ仕様を何時かは考えられているとか。現状のタイル張りも表現としてありですね。
 4ドアを3ドアへのアレンジは何時もの仕様ですが、そろそろドアに沓摺表現が欲しいところです。
 それでも、全体に丁寧な印象を与える作品です。


 屋根上。低めのクーラーは900系らしい。ダクト?も精細感を出してます。

 幌枠表現も定番ながら、近鉄一般車のあの顔をベストに表現。


 冷房付きでオリジナル塗色ですから、設定年代は2000-2002年頃の引退間際となりましょうか?

 ただ、この塗色の電車なら旧ビスタカーや新ビスタカー、2200系などと1960年代の設定で共存もできちゃいそうですね。
 奈良市内を想定して道路上だって走ってしまえそうです(笑)。そうなると相方は680系やその原型の奈良電1200形辺りでも……?
 

 
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