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2017年02月19日

【鉄道作品日本形】名鉄3400系「いもむし」「流線」。完成!

 完成に漕ぎ着けました。


 ただ、4両編成を3両編成に縮小して、ですが(苦笑)。
 もう1両分の資材が微妙に足りないのです。1950年から1953年までの間の3両編成……? ということで。

 先にも触れましたが、1937年製造の流線型電車。名鉄での車内呼称は「流線」。
 デビウ当時はモハ−クハの2連だったものが、1950年にモハ増結で3連化。1953年にサハ増結で4連化された由。後日の増結車も形状が揃ってたのは立派です。4連化後は本線特急に、後日の新造車(3900系や5000系)に伍して使われたのでした。

 1967年ころに大規模な車体更新で大きく姿を変えましたが(窓の全面更新。前面は連続窓化)、側面スカートは維持。国鉄モハ52が戦時中にスカート喪ったままであった事思えば、如何に社内で大事にされてたかわかりましょう。
 
 1988年に大半が廃車。3連x4が2連x1に。
 残った2連は緑色に塗色復元されたり、冷房化されたり。ただ末期に7300系譲りのエアサス台車化されたことで大きく姿を損ねたのは残念でしたが……。2002年廃車。以後は静態保存となっています。


 モ3400形。或いはク2400形。
 ク2400にもパンタがあり、ましてや床下はスカートで覆われていたので一見区別が付きません。それほどに編成美が考慮されていたのです。
 レゴ的には、ほぼ同形です。

 塗色は1953年からの特急色。
 かなり微妙な色合いらしいのですが、レゴでの再現ということでタンと茶色に割り切っています。

 窓枠は原型の、上辺に丸みのついた1段窓仕様です。
 3400系では二段窓→更にアルミサッシ化されてしまいましたが、3600形には似たような窓が廃車時まで残ってましたね。


 真正面より。前面通風口の表現も拘ってみました。
 尾灯は省略も考えたものの、なんとか隙間に割り込む形で設ける。宝石部品は流線型に似合います。


 サイドビュウ。流線型の角度も、納得。

 ドア上部の丸み、実に優雅なのです。

 全長は29ポッチ。32ポッチ=20m(か、それ以上)のスケールゆえ、18mのこの車両はこんな塩梅に。可愛い!


 屋根上、ランボード(歩み板)あると精密に見せられるんですよ。


 中間車。モハ3450形。
 レゴ的にはこの車が動力車となります。

 全長27ポッチ。可愛らしくも優雅な姿。


 中間車は後日の増備ゆえ、屋上の違いに注目。通風器の形状と配置が違う。
 作り分けできると楽しい。サハ2450だと台車まで違うんですよねぇ。


 恰も3編成が揃っているかのように。
 いや流石に複数編成作る気は無いですけども。でも、同じ時代の3900系とかにも興味が。真っ赤な名鉄も辛うじて間に合ったので(3400系も、850系も)思い入れはあるのですが、それ以前の時代にもより惹かれるものあります。


 でも、名古屋デビュウ後の最初の課題は4両編成化でしょう。
 幸いにも?火曜オフin名古屋のレイアウトは「広さよりも密度」なので3連でも良さげなのですが、近年のイベントの大型レイアウトだと4連でも物足りないくらいですから。

 それから。
 戦前の流線型電車もモハ52、京阪1000形、そして名鉄3400系。
 だんだん役者揃ってきた感。戦前の古典電車は余りイベントでのウケなど良くないのですが(苦笑)、流線型は別だなぁというのが実感だったりします。
 まだまだ、楽しめちゃいますよ?
 
posted by 関山 at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道作品(日本形) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月18日

【鉄道作品日本形】3400系「流線」製作中。「いもむし㌠出撃です!」

 名鉄3400系は、1936年製造の流線型電車。
 1990年代まで現役であった、紛うことなき名車の一つ。

 その姿から「いもむし」の愛称でも親しまれました。現場では「流線」とか言われてたとか。名鉄には他にも流線型電車居たのに(850や5000 パノラマ他)、3400だけが流線型という扱いだったのですね。
 
 以前から製作予定には入ってましたが、名古屋行に合わせて緊急制作してる次第。


 手前はテスト用の全長29ポッチ版。実物が18m級ゆえ、やや長すぎと判断。奥の27ポッチ版が決定稿です。


 設定年代は戦後、1950年代から66年ころまでの姿。所謂「更新前」。
 塗色は旧特急色。落ち着いて品のある、そして今のレゴで作りやすい色です。

 車体はいつもの旧型電車の作り方です。ワンパターン言うな(笑)。但し、更新前の丸みのついたドアが再現できて何か嬉しい。
 足回りはスカートで覆う。隙間がやや大きいのは走行性能とのトレードオフです。
 台車にはイコライザ表現も。


 流線型造形は幾つか迷いが有りましたが、思い切ってスカートからヘッドライト下まで一度に傾斜させてしまいました。左右は隙間を「見えないもんと割り切って」挟み込む。 「へ」の字になってしまうのはスマートさとのトレードオフ。現物ではそれほど気にならないのですが。半ポッチずらしや積層的表現で段差ができるよりはマシと?
(無論、この辺の表現は適材適所であるのは言うまでもありません)

 4両分の資材が流石にないので(あると思ってたタン色のプレートが足りねぇ!)、とりあえず3両編成で(実物も3連時代あり)。
 進捗微妙ですが。まぁ、明日までもう1日あるので大丈夫でしょう。
 
posted by 関山 at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道作品(日本形) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月17日

【鉄道作品日本形】薬師山・嵯峨様流儀での「キハ55」造ってみた。規格統一気動車企画?

【作品紹介】薬師山様のキハ52アレンジモデル。「HG」仕様?
http://legotrain.seesaa.net/article/445881478.html

 この衝撃は忘れません!
 元のくろてつ(嵯峨)様のベーシックなキハ52とともに。

 気がついたら、キハ52とキハ52に会える京都 梅小路の催しに向けて手が動いておりました。先行してた企画、近鉄2200系造ったあと、「出発する日」の数時間で(笑)。
 仕様やディテールを揃えたモデルを並べてみたい! 編成してみたい。

 また、ベーシックな国鉄気動車モデルを「この機会に、一から仕切り直ししてみたい」とも思っておりました。
 実はキハ55などは2009年ころ造ってはおりましたけど、今見ると古いとこだらけ。ちょっと今のシーンには相応しくもありませんから。
 その意味で、薬師山氏のHGクオリティは魅力的に写ったのです。




 お題はキハ55形。1950年代の準急用・急行用・一般用気動車で1986年に退役。
 比較的初期の、バス窓のタイプです。

 飽くまでキハ52等の増結用を想定し、動力なし。

 ブラックアウトさせた車体裾処理はじめ、3面折妻な前面仕様・側窓幅・ドア周り。極力薬師山氏の仕様に合わせました。
 ただ、手すりはバー4Lのタンが8本も手許にはなく、妥協した仕上げです。
 台車やエンジン周りもやや簡略化しています。

 車体の組み方は、くろてつ(嵯峨)様のコンセプトに忠実に。
 「極力パーツ種類が増えない」組み方を意識しました。
(1x2を2個で済むところに、1x4を使わない、など)


 サイドビュウ。運転台廻りはキハ55は左右非対称なのですが、そこはコンセプト意識して簡略化。
 上下のバランス感は薬師山氏モデルの良さを感じますし、バス窓のキハ55でも援用できたのでした。

 次の課題はバス窓ではない、1段上昇窓のキハ55後期車等ですね? 横組ではない窓は久々ですが(苦笑)、順組も良さがある。適材適所でありましょう。

 床下機器は2x10のプレートにタンクやエンジンのディテールをレリーフ状に貼り付けたもの。


 連結面は手抜き。貫通幌だけはいつもの流儀で付けておりますが。



 さて。ここからは梅小路でのお披露目篇。

 薬師山様のキハ52との並び。正直、未だ追いつけてないとこあります。

 サボの簡略化と、車番の省略はしちゃいけなかったかも? 
 テールライトは4070か87087か? 手許にタンの87087が無く4070で仕上げてしまいましたが……。87087も試してみませんと。


 更に原型。くろてつ(嵯峨)様作品と。

 嵯峨モデルも薬師山モデルも、結構ギリギリにチューンしたバランスで成立していたモデルであることが再認識された感。……弄るの、実は難しい?

 でも、アレンジ諦めちゃいけません!

 余談ですが、嵯峨モデルでの屋根表現は完成されちゃってますね。コスト面強度面で有利。そしてちょっと厚ぼったい重たさが、逆に国鉄時代の気動車らしく見えるという。
 ここは1台拵えて、手許に1台おいてみて納得したのでした。


 気を取りなおして。編成で。調和に整合性、取れてるかしら?
 
 国鉄世代の気動車のメリットは「編成が自由自在」
 一部の例外を除き、殆どの気動車が混成混用可能。急行形から通勤形まで。1950年代のキハ17辺りから、1980年代のキハ40辺りまで。

 極端なケース抜きにしても、キハ52とキハ55(あるいはキハ26)との組み合わせはよく見られたものでした。
 この規格の気動車、揃ってきたらきっと楽しいことでしょう。皆でつなげてキハオフ・気動車オフ?

 ウチも追加の製作計画、練り始めています……。
 皆様も、「嵯峨モデル」か「薬師山モデル」。造ってみませんか?
 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道作品(日本形) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月14日

【鉄道作品日本形】近鉄2200系の特急編成

 近鉄2200系は1930年に旧型。
 1939年に新型(2227系)が製造された、参宮急行電鉄の大型・高速電車。

 もともと長距離用の設備を有しており(今の5200系的存在)、1947年の特急運行開始時には一部が特急車として抜擢。戦後復興の象徴となりました。

 1950年代末に、10100系など本格的な特急車の新造で特急用からは引退。その後は大阪線急行用として1974年まで活躍しました。

 日本の電車史に残る名車の一つです。


 ずっと前から大好きだった電車です。
 中学生のころに古本屋で買った古い雑誌の写真や記事で惚れ込む。特に、戦後の特急車整備の件は涙なしには読めないものでした。
 その後しばらく、ノートの片隅の電車の絵は尽く2200や2227のアレンジになってしまったのでした(笑)。そして21000系で青山越えるときにはかつての2200を偲んだのです。

 レゴでの制作も、かなり前から考えてダークブルーとクリーム色は溜め込む。
 ただ、先に10000形旧ビスや10100系新ビス優先したことなどでなかなか手がつけられないまま。
 しかし、エース君に末期急行仕様で先を越されてしまったからにはと、頑張ってみたい次第です。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 設定年代は1954年ころ。2200系特急の全盛期です。
 リクリエーションカー、こと展望車2303号。元貴賓車の2600号を加えた一番華やかな時代の「おいしいとこ取り」と。

 色はダークブルーとクリームイエローと言われておりますが、現在残ってるカラー写真(無論、褪色あり)では後者は白に近いクリーム色? レゴ的にはライトイエローという色は存在するものの、とても電車に使える供給状態ではありません。
 故に、濃青+タンでの制作です。



 モ2227形。いわゆる2200系新。
 張上屋根の当時としてはスマートな車体でした。
 よくある2ドア転換クロス車の窓・扉配置でしたが、他の私鉄電車と違って20mのロングボディ故に印象はことなります。国鉄には同種の電車は居ませんでしたし。
(如いて言えばサロ45。はるか後世の117系?)

 戦前の電車ですが、ドアなどは敢えて平滑仕上げ。スマートさを強調。


 前より。テールライトは3/4ペグを挿して、出っ張りの表現としてみました。
 旧型電車のときは何時もですが、連結器はバッファ付標準品で済ませています。なぜか違和感は少ないので。


 2200系の特徴であった、「片目」前面。
 両運転台の電動車で、片方の運転台の向かい側にトイレを設け、そこが窓無しとなったもの。なかなか個性的な顔です。
 今残っている写真を観ると、こっち側を前に走るシーンもちらほら。
 
 レゴ的にはこの車が動力車です。


 サ2600形 2600号。1形式1両。
 1940年製造の貴賓車2600号を、1952年に一般車(特急車)改造したもの。


 広窓と狭窓が交互に並ぶ、シンメトリーなサイドビュウが特徴でした。その優雅な姿!
 格下げ特急車時代はともかく、末期の3ドア化された姿でさえ気品を保つ。生まれの良い電車でありました。
 なお、関西私鉄だと京阪の16号や、阪急の1500号も同種の車両であり、やはり1970年ころまで優雅な姿で、通勤輸送に使われてたものです。



 モニ2300形。モ2303号。
 元は特別室(コンパートメント)と、荷物室を持つデトニ2300形。これを1949年に特急用の展望車「リクリエーションカー」に改造。荷物室は展望サロンに生まれ変わる。3室あったコンパートメントは1室が残されました。

 当時の特別料金は50円だったと言われています。国鉄の特別二等車の二等運賃に対する特別料金が100円だった時代ですから、3等運賃+特急料金+50円の「展望車」は格安だったはず。但し、この1両のみに終わってしまいました。旧ビスの登場時には通勤車への二段階格下げ……。
 その後の近鉄の特別車は、21000系アーバンライナーまで待たねばなりません。

 種車は旧2200系に属するもので、雨樋の回った屋根。やや重厚な印象の車体でした。
 車内は元来の客室が固定クロス(但し、国鉄並ロ同等の広々としたもの)。
 展望室はソファシート。合わせて6人用のコンパートメント。


 この角度がいいのです。Expressマークと、リクリエーションカー表示の薄青帯!


 こちらからだと、2200系旧としてのイメージ強く
 今回の制作外ではありますが、モ2200形及びサ3000形は、両端にドアの寄った客車的スタイルの電車でした。モ2200は特急仕様にはなりませんでしたけども、サ3000形は何両かが特急仕様になっています。


 モニ2300形も両運転台であり、その片方は「片目」でした。
 2303号も例外ではなく。ただ「特急」として、展望側を編成の中に入れてしまうような使い方がされたとも考えにくく(笑)。


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 とりあえず、長年の夢が一つ叶いました。
 近鉄(参急)2200系は鉄道模型でも金属HOか金属Nキットしかない世界であり(何故か鉄コレもない)、模型を手に入れるのが意外と難しいのです。

 でも、すべてを自作に依らねばならないレゴトレインではこのとおり(笑)。もう2-3両程度の増備も考えたいところです。

 1月15日の「レゴブロック展示会 梅小路」に持参します。
 ウケはどうかわかりませんが、いらっしゃる方はどうかご覧くださいませ。実はモ2303とサ2600は久々にインテリアも作りましたので。
 
posted by 関山 at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道作品(日本形) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月01日

【鉄道作品日本形】伊豆急行100系 4両編成に!(サントリービールで「乾杯」?)


 あけましておめでとうございます。
 
 伊豆急100系が2両、昨年のお晦日に落成。
 既存の2両も含めて、4両編成が組めるようになりました。

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 クモハ110形。片運転台の電動車で、伊豆急100系の基本形式。一番両数も多かった。
 両運転台のクモハ100形とはまた違った、端正な印象の持ち主。

 レゴトレイン的にはこの車がPF動力車となります。


 3面折妻な顔。
 クモハ110には初期型と後期型、中間電動車の運転台設置改造車がありましたが、個人的趣味で初期型。あんまり4灯ライトの後期型好きじゃないので。
 

 レゴトレイン的にはこの車がPF動力車となります。
 妻面はやや手抜き。


 既存作ですがクロハ155。
 実は仮完成地点では屋根肩の一部でライトアクアの1x2ポチスロが枯渇しており他の色で代用してた姿。部品届いたのでやっと完全な姿に。


 やはり手抜き?な妻面。幌がつけられると締まるのですが、片幌前提だと前面か連結面のどっちかを幌なしにしないと全長のバランス壊れるので難しい。



 さて。
 伊豆急100系というとこの車でしょう。私鉄では唯一の「全室食堂車」サシ191形。愛称「スコールカー」(乾杯!の意味)。
 1964年に1両が製造。1974年にサハ191形に改造されてしまいますが(サハ191は100系末期まで生き残りましたが)。

 車内は2/3ほどが食堂。残りがビュフェカウンター。

 サントリーが当時新発売だったサントリービールの「宣伝用」に資金を出した! と言われる車です。食堂としての営業よりもむしろ「走るビヤホール」的な意味の車でした。伊東〜伊豆急下田の短距離営業ですので、飲料提供の出来る座席車と考えたほうが適切かも知れません。
 国鉄線への乗入が何故か認められず(乗り入れが不可だったのか、営業が不可だったのか不明)、それ故に短命に終わってしまったのですが。1972年ころまで営業は行われて居たようですが、メニュー等の情報が出てきません。当時の写真など見る限りコンロや電子レンジなど、加熱調理の設備までは無かった……みたいですが。
 
 しかし、後世には走るビヤホール的な企画は流行っています。
 食事付きの観光列車も今はブームになってること考えると、「早すぎた」車でした。




 食堂車ゆえ、左右側面の印象が異なります。

 側窓は固定窓で冷房付。サロ180形が揃うまで、伊豆急では唯一の冷房車でもありました。
 インテリアは未だですが、この車に関しては作り込んでみたいと思います。
(今度こそ「サントリービール」で乾杯して完成を祝したいものです)


 「伊豆急顔」が3両揃う。左からクロハ155 クモハ110 クモハ100。

 この顔は東急車輛のアジア向け輸出車両では多用されてました。有名所では台湾鉄路管理局のDR2700/DR2800もほぼ同じ顔です。あぁ作りたい。




 場所が確保できず編成が撮れなかったので、その雰囲気を感じてくださいね。

 サシ191+クモハ110。




 クロハ155+サシ191。サシの窓なし部分の印象がまた鮮烈です。

 模型的にはクモハ100+クロハ155+サシ191+クモハ110って編成を組みたくもなります。これ、昔のGM板キットの伊豆急100系(クモハとクハ2両づつ入ってた)で、箱裏にペーパーキット(!)のサシ191とともに、参考編成で上がってたものですね。
 憧れて以来、やっと夢がかなった?感じです。


 往年の伊豆高原の検車区イメージして。ハワイアンブルーがいっぱい!


 クモハ100と、東急借り入れのデハ3608。
 東急からは7000系や7200系も貸し出されてた模様。1970年ころに100系も十分な数が揃い、東急からの借り入れもなくなります。

 その後、2002年ころまで100系の時代が続いたのでした。
 スコールカーこそなくなれど、本格的な全室グリーン車のサロ180形。転換クロスの冷房車サハ191にクモハ1000+クハ1500。そしてロイヤルボックス サロ1800形。

 散り際もまた、美しく、楽しい電車だったのです。
 
posted by 関山 at 16:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道作品(日本形) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月30日

【鉄道作品】新幹線100系完成 個別解説篇

 新作が「年末輸送」に間に合いました!

 100系は1985年に試作車がデビウ。1986年から量産開始。
 二階建て車も含む華やかな編成は、国鉄末期の閉塞感を吹き飛ばして余りあるものでした。20年間フルモデルチェンジできないままだった鬱憤を晴らすかのごとく!
 スタイルも当時としては斬新。20年続いて「古臭く」て仕方なかった前頭形状をシャープで今風のものに。
 それでも、今の目で見ると新幹線のイメージの継承に苦心した形状・配色であったことが覗えます。もっと別のカラープランも模索されていたようですが、これまでとかけ離れたものは流石に通らなかったようで。

 2階建ての食堂車やグリーン車や個室など、豪華さの部分が注目される100系でもありますが、普通車の大幅改善も特徴。シートピッチが1050mmに達し(※)、深々倒れるリクライニングに驚かされたものです。
 ※:特ロのスロ51が1100mmですから、限りなく迫る寸法です。
 
 デッキや便洗面所も明るくモダンに。
 確実に「未来」を伝える、夢の超特急でした。


 JR化後も順調に増備進み、1990年にJR西日本が投入したV編成「グランドひかり」は別格。2階建て車が4両! 食堂車1とグリーン普通合造車が3。

 しかし。
 後継者はビジネスライクな300系。
 0系の元来の設計コンセプトが「特別なものにはしない」ということであり、原点回帰ではあったのでしょう。
 それだけに、100系の華やかさは泡沫のユメ、ユメの超特急という感じがするのです。

 食堂車の営業は2000年迄。
 東海道筋での運行も2003年で終了。

 その後、山陽筋で短編成化されて「こだま」用に充てられていたものも2012年で引退。もう、5年も前の話になります。



 121形 制御電動車。
 博多向きの先頭車。JR東海所属編成では先頭車は制御車でしたが、JR西日本ではV編成用に制御電動車も作られていたのです。
 

 前頭部は薬師山氏の0系をベースに100系らしい造形としたもの。
(その制作過程で、0系と100系のイメージ的共通性を再認識したのでした)
 全長分の車体と、そして足回りと合わせてみた印象に満足・納得しています。



 122形 制御電動車。
 東京向きの先頭車。やはりJR西日本のみに存在。デビウ当時はパンタグラフも備えており、100系では唯一のパンタ付き先頭車でした。

 
 屋根上では、2x2ターンテーブルのベース部分のみを外し、空調装置のファンに見立ててます。パンタグラフ、電動車にはやっぱり必要……と思ってしまうんですよね。今の高速列車が空気面・電気面の理由でパンタ数削減してる理由は理解できるのですが。



 126形 電動車
 中間車でトイレ無し、パンタ付きのもの。ベーシックな中間車にして、広窓並ぶ優雅なスタイルの持ち主でもありました。乗って座ってみると窓の位置が0系より低く、それも眺望感に寄与してたような気がします。
 
 パンタはやはりデビウ当時の、防音カバーなどない状態です。


 全車に共通ですが、台車はかなりシンプルな造形に。0系・100系は板バネの目立つミンデンドイツ系の大柄な台車なのですが、その再現すると台車で床下かなり埋まりますので(苦笑) ボルスタアンカつけると手抜き台車でも精密に見えるのでお奨め?です。


 125形3700番代。電動車
 125形の中でも食堂車のサポート的機能を持つ車は700番代。V編成用は3700番代。

 ドアがやや中間より。多目的室窓が特徴。


 みての通り。レゴ的に動力車です。
 PFトレインモータ1個で6両編成はギリギリと思われますが(9Vだと苦しい編成)、電池BOXを台車真上に置いて少しでも軸重面で有利になるよう考慮。
 
 窓なし部分が多いので、電池BOXの収容も有利。


 179形 2階建てのグリーン・普通合造の付随車。V編成専用。

 100系2階建て車の屋根は形状や表現で迷いましたが、意外と深い屋根なので他車両同様の45度スロープに落ちつく。この辺は現物合わせで決めてゆきます。

 2階建て車作るときの常ですが、車体底面は4x6の逆スロープ(凹形の一体部品)を使っています。車体底に角度がつくので、2階建て車の必然?鈍重な雰囲気になり難い。

 また、車体と別の色にすることで、やはり鈍重さから逃れる。黒や灰色系が安くて入手もし易いですしね(というか、トレイン系のセットに入ってますし)


 屋根両端の空調機器は車体のみ完成仮公開からかなり修正入れました。実物も中身が大きく、そしてカバーの開口部も大きそうなので。


 168形。食堂車。
 100系のもっとも華やかな車。特にV編成はインテリア・営業とも高級志向でした(今の高価にすぎる観光列車のこと思えばまだ納得のできる高級、です)。

 さて。レゴ的にはものすごい贅沢をば。
 秘蔵の?10002 レイルロードクラブカー用のクリアヒンジパネルを思い切って使ってしまう。贅沢ではありますが、特別な車両ですから。
 それに、パーツとして使わず「眠らせる」よりは作品に使って上げたほうが良いでしょう。売る予定もないのであれば。
(無論、10002そのものは窓抜いただけで保管中ですよ)


 反対サイド。通路側。こちらのほうが窓が多い。

 インテリアは最初限度のみ作ってみましたが、何時か作り込んでみたいものです。できれば……全車分を。

 

 100系。拙作では初の新幹線営業車でもあります。
 これまで新幹線は避けてきましたが、今年はディーゼル機関車911形に始まり軌道試験車923。そして電気試験車922形と一気に進む。922作る過程で生まれたのが100系なわけで、何か面白さに気がついてしまった感じです。とはいえ、現行のもの、メジャーなものは手がける気はあまりないですよ?

 それに、蒸気機関車+木造客車みたいな古い題材に回帰しちゃうかもしれません。
 そして、地方私鉄みたいなマイナー題材も……。

 さて。
 実は100系でも、別の「100系」も年末に完成させてしまってます(笑)。
 こっちも食堂車・グリーン車あり。次の更新、お楽しみに?
 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道作品(日本形) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月29日

【鉄道作品日本形】間に合うか年末年始輸送? 100系新幹線の進捗


 レゴCityのCM画像は、
「貨物がやってきた、さぁ貨車を組み立てよう」
「泥棒が逃げた。さぁ護送車組み立てよう」
 みたいな文字通り泥縄式が多いのですが、割とそんな感じのビルドかもしれません(苦笑)。

 とりあえず6両の車体が出来ました。
 あとは足回りとパンタと床下機器……。




 地味に中間車から。
 126形3000代(左)と125形3700代。
 3000代設定なのはV編成のつもりだから。中間車だと違いは出てきませんけども。

 中間車と云っても大きな窓の、優雅な印象のする車です。
 126形にパンタ載せるとまた印象も変わってくるのでありましょう。
 また、レゴ的には125形3700代を動力車設定です。窓無し部分多いのでPF収めやすい。

 4両編成の末期ごっこも楽しいかも? そういえば4連や6連の新幹線も既に昔語りなんですよね。




 100系ではこれがないと始まらない。2階建て。
 X編成も迷いましたよ? NSマーク付けたい誘惑にどれだけ駆られたことか(笑)。
 でも、制作はV編成です。理由はV編成は両端McとMc’だから。4M2Tならギリギリ走りそうじゃないですか本物も。でもX編成だと2M4Tになっちゃう。構内移動しかできなさそうですよね? いや6連で済ませるなもっと長くしろって声ありそうですが。

 左が168形3000代。右が178形3000代。在来線式に言えばサシとサロハ。
 
 見ての通り、168形。大窓に超絶贅沢なパーツ使い。長期保管中の#10002レイルロードクラブカーからの捻出で。ただ、売るつもりもないのなら「ちょいと拝借」したほうが部品も幸せでありましょう。保管といって腐らせておくよりは……。
(此処だけは申し分程度のインテリア装備)

 178形はもうちょっと普通の作りです。
 荷物置場部分の上下方向に寸法詰まった側窓の表現は潔く、諦めました。


 両端先頭車と合わせて。
 奥が126。手前が125。

 先にも触れましたが、1月3日の福井オフでお披露目予定! です。
(結構鉄道系・軍事系の濃い人が集まる地方オフですよ?)
 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道作品(日本形) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月28日

【鉄道作品日本形】半野外撮影に挑戦。「伊豆急の何処か 高台の駅」で。

 ルビー様の野外撮影に刺激を受け? 「半野外撮影」に挑戦してみました。
 ……自宅の出窓という、実に安易な環境です。




 高台にあって、傾斜した別荘地?を見下ろす何処かの駅という趣で。
 伊豆急沿線はこういうとこも多いよなと想いつつ。


 夕日を浴びて。
 特急は東京への帰り道。
 普通電車は夕ラッシュに備える。


 電車の位置入れ替えて。
 251系のスマートさと、100系の無骨さの対比。


 スーパービュー踊り子のデビウが1990年で、この時代の伊豆急は未だ未だ100系が主力の時代! 最新特急と古びた普通電車の取り合わせって良いものです。

 今でもクモハ103と251系の並びが見られるタイミングもあるのでしょうか。
 251系も27歳ですから、随分お年は召してるみたいです。185系迄いるので新しく見えますけども……。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 お題は辻堂100のあと撮影用にお借りしてたMugen様の251系電車と、拙作の伊豆急100系です。最初は「普通に並び撮影しときたい」程度のこと。
 でも、思い切ってカーテン開けて背景も取り込んでみたらと? 

 「映り込み」が問題になるので、撮影アングルはかなり制約あり。
 自宅出窓、「固定窓」なのです。

 流石に借り物の251系では無理ができませんが、100系はもう少し仲間増やしたらガチな野外撮影(浦賀)もやってみたいと思ってます。
 ハワイアンブルーは自然光の下でこそ映えるとわかりましたから。
 
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2016年12月25日

【鉄道作品日本形】1日遅れのシンデレラエクスプレス 100系の進捗


 100系というとシンデレラエクスプレス。ベタですけど。

 10月ころに前頭部のみテスト制作した100系新幹線、年末年始輸送もとい「福井オフ」に向けて本制作入りました。先ずは先頭車2両の車体が完成。


 前頭部はテスト制作のまま特に変更なし。
 0系(薬師山氏)の改良で100系の顔に辿り着いてしまえたのが今思っても不思議です。(まぁ、若干の「0系臭さ」は残ってますが)

 今思うと、100系のシャークノーズは、0系の新幹線イメージを継承するものであった、国鉄の良い意味での保守性を感じ取ってみたり。

 側面は100系量産車の広窓(大窓)です。広めのピッチで。100系はシートピッチ1050mmになり、これは往年の特別2等車スロ51の1100mmに迫るものでしたから。
 乗務員扉は省略して沓摺のみ表現。ここらをガチで作ると客室面積どんどん狭くなりバランス崩れますから。取捨選択が大事。


 屋根は45度スロープの節約仕様ですが、他に選択肢は思いつかず。カーブスロープ系やポチスロ系ではちょっと違うんですよね。

 静電アンテナはいつしか定番化してる、フック付きプレート横倒し。
 屋根上は調べるまで白一色かと思いきや、センター部灰色(銀色)だったんですね。さんざ眺めてた電車なのに、記憶っていい加減なものです。

 さて。
 先頭車造ってみると、中間車125・126形辺りは「作業」で終わるはず? 最低でも4両作ると末期のP編成にはなります(4連でこだま専用)。
 無論、狙いはあの車とあの車なのですが、設計未だ固まらず。資材足りるかどうか怪しく。最終的には6連を目指して。

 年初1月3日。福井オフでのお披露目予定となります。お楽しみに。



こちらも参照ください(主催公式)
http://ef81lego.blog.fc2.com/blog-entry-21.html
 さらっと鉄系・軍系は濃い方が参加予定。これは楽しみな地方オフです。

posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道作品(日本形) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月10日

【鉄道作品日本形】ハワイアンブルーの異端。東急デハ3608号改め、伊豆急行デハ3608号


 造ってしまいました。
 作りながら「こんな希少色のパーツ無駄使いして良いんだろうか?」と悩みながら。

 こんなの(失礼?)作るなら真っ当な100系を優先すべしとか言われそうですが、屋根肩用のポチスロが枯渇してるので(現状)もう追加できないのです。注文は出したけど年末コースですし到着は。

 あと、使うつもりで買ったのにすぐには100系では使いそうもない部品もありましたので、そのへんの有効活用も兼ねて?
 パーツ箱で眠らせるよりは、イマイチでも自己満足でも作品の形になるべきですよね? 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 東京急行デハ3600形は、1946年ころに東急が国鉄から譲渡を受けた、元17m級旧型国電群。といっても、戦災廃車になったものとか、木造車……など雑多なものたち。なんとか使える形に修繕されたり鋼製車体になったりしたものですが、やはり個性が豊かな雑形電車。

 その中の4両が1961年の伊豆急創業に合わせ、貸与されたのです。デハ2両とクハ2両。うちデハ1両が両運転台に改造され、それがこの3608号。

 3600形の中でもモハ30系の面影を残す、窓も小さく重苦しい姿。
 しかし、新車100系と同じハワイアンブルーを塗りたくる。ミスマッチが素晴らしい♪
 それがコンクリもバラストもすべて真新しい新線区間にデビウ。

 流石に社線内 伊東〜下田の運用専用であり、それも予備車でありましたので観光客がこの車に当たるという悲劇は少なかったと思われるのですが……? 

 また、両運転台の3608号は、電気機関車の代用車でもあり。
 100系100形(両運)も電機兼用と言われてますが、まともな車にはお客載せて、3608号に貨物曳かせるほうが合理的ではありましょう。実際どっちのほうが「貨物用の主役」だったのかは気になるところです。
 ただ、1963年には早くも真っ当な電気機関車ED25が入線してる由ですが。

 これらの異端ハワイアンブルーも100系の増備で1965年迄には東急に戻った由。
 「都会」に帰った3608号。その後車体も載せ替えて大きく姿を変え、1980年に廃車されています。末期はこどもの国線専用車でまたまた派手な姿でしたが……それは別の話(あ、作ろ!)。


 ぶっちゃけ。17m級旧型国電そのものの姿(茶色で造ったらクモハ12になります)。
 パーツ割が不本意ながらかなり細かくなってしまったので、却って鋼製リベット打ち車体な雰囲気も出せたかしらん? 
 
 窓の上下寸法の小さな元モハ30系らしく。そのため窓の中桟は思い切って省略。一方でモハ30系・モハ31系の特徴だった2連窓と吹寄は表現できてます。
 ドアもプレスドア風に。
 シルヘッダーは新灰使っての色差表現です。
 
 前面は幌でごまかす。車体裾は台枠見せて引き締める?
 真四角な電車ではありますが、車体全体で完全横組要るので若干手数は多め。あとパーツ消費数もちょっと多め。「1x2」より「1x1を2個の方が安い」みたいな事情ですが。持つとずしっと重い(笑)


 このデハ3608号。真四角でゴツくて如何にも「田舎電車!」っぽいスタイルなんですが、その実 生まれも育ちも「都会っ子」なんですよね。
 4年間の出向をこなしたあと、再度都会へ(東横線等)帰っていったのでした。

 一方、おしゃれに見えて実は「田舎娘」な伊豆急の電車は100系が東横線内で1961年に試運転行った事例。
 1986年ころ、2100系を東急各線でデモンストレーション運転した事例もありました。



 似合うのは電気機関車代用で貨車曳くシーン。100系の記事でも書きましたが、私鉄の電機は電車同様の出力でなんとかしてるケーズが多いので、電車が貨車曳くことに問題はないのですよ。
 模型としての動力は9Vモータ取り付け準備済。

 伊豆急の車両群も一度小休止です。
 100系はあと2両が計画にあります。1両は普通の片運電動車、クモハ110形。
 最後の1両は……概ね察しはつきますよね? 完成したら「サントリービール」で乾杯したいものです。


 そういえば。12月10日は伊豆急の開業記念日。
 1961年から数えて、今年で55周年なのですね。
 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道作品(日本形) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月09日

【鉄道作品日本形】ハワイアンブルー増結。伊豆急行 クロハ155/伊豆急情景篇


 伊豆急100系。「ハワイアンブルー」の仲間がぎりぎり1両 増えました。

 クロハ155はクハ150形155号を1964年に改造して生まれた半室1等合造車。
 1970年に元のクハ155に復元されましたが、その6年間、伊豆急で唯一の先頭車の1等車(グリーン車)でした。半室1等は中間車にサロハ181-183もあり、計4両。
 1970年までに本格的なグリーン車 サロ180形が6両揃い、それまでの半室グリーンは全室普通車に改造されています。


 サロハ180形・クロハ155形での半室グリーン室部分の窓配置・窓構造は普通車と同じ。
 座席は回転クロスシート(転換クロスシート?)だった模様。淡緑色のグリーン帯が優等部分のみ入ってた由。飽くまで間に合わせの?半室グリーンだったようです。
 

 模型的には、先に作ったクモハ100形の片運転台バージョンです。運転台のない後ろ寄りが半室グリーン。
 グリーン車等級帯は何時もならサンドグリーン使うところですが、パステルトーンの車体では地味に溶け込んでしまい様になりません。彩度高いライム色としてバランス取り。


 取り敢えず、2両編成に。

 以下余談。伊豆急のグリーン車は長らく、私鉄唯一のものでした(1966-1969の名鉄キロ8100・8150がありましたが)。
 但し、1985年にグリーン車は廃止、サロ180形は全車サハ180形に格下げされています。なにせ、2100系というより豪華な電車が「普通車」ですからね。

 この種の格下げ車は意図的に早期廃車されることが多いのですが(苦笑)、伊豆急では希少な冷房車ゆえ100系末期まで温存されたのは幸いでした。自分も伊豆急に乗るときはサハ180形狙いでしたので、実は100系元来の普通席はあまり座ったことがなかったり(苦笑)。

 このあたりも、今は思い出話ですが。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 2両になったところで、情景編です。

 先日の「辻堂100(湘南BP)」で造った駅を使ってますが、別荘風とみなせば伊豆急行沿線にありそうですよね? この雰囲気は。


 伊豆急行開業間もないころをイメージして。

 国鉄からの乗り入れ車は153系の準急・急行のほかは未だ旧型の80系や70系でした。
 ほどなく113系に変わってゆくのですけども。

 湘南色も鮮やかで時代を変えたものでしたが、その10年後に登場した「ハワイアンブルー」はなお新鮮味があったことでしょう。

 2ドア固定クロスの電車同士ですが、80系初期車から大きくスタイル変わって居るところも注目です。


 1980年まで運行されていた、伊豆急の貨物列車。
 1963年に中古の電気機関車ED25が入ってきますが、それまでの2年間は電車が電機代用として貨車を牽いてた由。


 東急から借入の元17m旧国電デハ3608号の他、両運転台のクモハ100も貨車を曳いてました。性能面では問題なし。120kwx4というのは私鉄の小型電機同等のパワーですから(ギア比は違いますけども)。


 それでも、最新型のカルダンドライブの電車が貨車曳くのは奇異な風景だったでしょう。電車が貨車曳く私鉄(国鉄もあり!)は珍しくなかったものの、多くは旧型車の仕事でしたから。
 お客を乗せるべき新型車を貨物に使うのも勿体無い話であり、デハ3608号が使われる方が多かったんじゃないでしょうか? ただ、伊豆急の貨物列車の記録は余り残っていません。

 因みに、元はモハ31系で小さな窓に厚い屋根と、実に重苦しいスタイルだったデハ3608号も「ハワイアンブルー」に塗られていました。ときにリリーフとして旅客列車にも充当されていた由。乗る分には兎も角、趣味的には100系とは違う魅力のある捨てがたい存在だったのです。

<続>
posted by 関山 at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道作品(日本形) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月08日

【鉄道作品日本形】ハワイアンブルーに挑戦。伊豆急行100系。先ずは100形。

 近年のレゴの特殊色の乱発は凄いですね。

 自分がレゴ戻ってきた2003年、大昔は夢にも思わなかったクリーム色(タン色)や茶色、サンドグリーンといった中間色に狂喜乱舞してたものです。またダークトーンの供給がどんどん良くなってきたのも嬉しかった。だからこそ東武1720系DRCなんて作品もできちゃったわけで。

 で、この数年でさらに充実しつつあるのがパステルトーン。
 多くは電車に使えなさそうな色に見えて、実は不可能を可能にする力を持ってる。
「ライトアクア」と「ダークアズール」が、なんとか電車に使える分のプレートやブロックが供給されるようになってきました。
(余談、関山は基本「ケチ」なので、高額に過ぎる部品は使いません。というか鉄道車両にはレアパーツは使えませんって! 消費量が半端じゃ無いので)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 伊豆急行100系電車は1961年の伊豆急線(伊東〜伊豆急下田)開業時の電車。1970年頃まで増備が続きました。
 2ドアクロスの、当時としてはデラックス仕様。観光輸送と通勤輸送を共栄させうる車。スタイルは窓が大きく明快、そして端正。
 カラーリングは独特のパステルトーン。未だ電車に使える塗料の種類も少なかったあの時代にはさぞかし大胆。

 2000年頃まで大半が健在でしたが、2002年に全車が引退。
 海辺での軽量車体なんて塩害で保たないものでしょうに、よくぞ50年近く長生きさせられたものです。

 そんなわけで、伊豆へのお出かけでの乗車機会は少なくなかったのですが、なまじ昔住んでた静岡からも、また関東からも「遠くなかった」ために本格的に撮る機会は逃しました。こればかりはかなり後悔しています。
(スカート取り付けや冷房化などで形状壊れたから撮りたくないとか、つまらぬ理由をつけると後で哭くもんです)

 あ、そうだ。奇跡の復活動態保存。103号に早く乗りに行かなきゃ……。



 取り敢えず。基本形式なクモハ100形。両運転台の電動車から。
 1両でサマになると同時に、製作に当たっての問題洗い出し用の試作でもあります。

 最大の懸案だった色……ハワイアンブルーは、これで正解!ダークアズール。独特の重みのある青。
 上半分はライトアクア一択でしたが、下半分の色はいくつか迷いましたから。

 基本は「箱型の電車」ですので難しいところは少ないのです。

 前頭部は貫通型 3面折妻というこの時代の電車のよくある形。1x4のヒンジプレートが使えると随分難易度も下がるであろうこの形状ですが、ライトアクア&ダークアズールにそんなの期待できませんので内部構造で角度を付けています(後述)。


 側面寄りで。両運転台のクモハ100はシンメトリーなサイドビュウが美しい。

 側窓は何時もの横縦ハイブリットですが、大きさ・明快さが表現できたと自負。ライトアクアのトレイン窓あれば使ったかというと、多分使わない(笑)。今はクリア系の使いこなしのほうが楽しくなってしまいました。


 正面より。
 貫通扉はまともな表現諦め、貫通幌で顔を整える手抜きです。
 実物は片幌なので、両運転台ならどっちかは幌なし幌枠のみの顔になるのですが、そこは諦め、潔く。

 尾灯の位置はスケールどおりならもっと外寄りかつ上ですが、個人的な趣味で中寄り且つ下方へ。アレンジと言うか、匙加減。
ヘッドライト周りの青差しは良いアクセントですよね。

 なお、クモハ100形は開業当時は貨物列車牽引用の機関車も兼ねていました。それゆえ他の車両よりジャンパ栓多めの賑やかな顔つき。その辺も再現と。


 一方非パンタ側はコスト面で通常のバッファ連結器。模型的にはこっちを前に走ることあんまりないと思いますので(笑)。

 動力は9Vモータ取付対応で一応、単車運行想定。
 現役当時は単行運行はなかったそうですが、今のクモハ103号は単車運行ですから。


 さて。件の前頭部 3面折妻の内部構造こんな感じ。今までだったらクリップ留めにして強度不足起こるところですが、今回はある程度頑丈に固定できる方法が見つかりました。偶然と言うか現物合わせの勝利。
 半ポチずらしの1x2ジャンパプレートが役立ってます。

 
 伊豆急、未だ続きます。
 
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2016年11月30日

【鉄道作品日本形】80系 湘南電車。クモユニ付の6連完成



 11月27日の「辻堂100」合わせの製作です。

 国鉄80系。。いわゆる「湘南電車」は1950年にデビウした長距離運行も可能な電車であり、最初に東海道線の東京〜沼津間に導入されたもの。客車列車の守備範囲を「電車」で置き換えることに成功。また最大16両の編成も組み、編成長でもそれまでの電車の概念を覆したものでした。

 80系あっての151系。そして0系へ。
 歴史に残る車両です。

 また、東海道本線東京口の発展期を象徴する車でもあり。
 「湘南」というエリアの開発、そして藤沢・辻堂・茅ヶ崎……の都市化を支える原動力でもありました。

 東海道本線東京口普通列車には111・113系が1962年から導入され、そちらが主役になるのは早かった。多くの80系は当時の直流電化区間に散っていきました。
 それでも静岡地区に転じた車は、1975年ころまでは日に数度東京口迄乗り入れ。その静岡や名古屋地区からも1977年頃には80系は撤退。1978年には山陽本線等からも引退。最後は飯田線に少数が残り、1983年に全廃を迎えています。

 特筆すべきは1977年まで廃車を1両も出さなかったこと。
 その後はつるべ落としの引退劇でしたが。

 関山は図鑑などで観て憧れたものの、遂に撮影はおろか乗車も叶わなかった形式です。かろうじて新幹線から豊橋駅の飯田線ホームにいる姿を拝んだのみ。
 あぁ、もう数年長生きしてくれてたらと思うのですが。

(鉄道趣味界のお約束、あと○年早く生まれていれば……もあります。ただ5年早く生まれてたら現役SLに間に合わず、やはり愚痴ったと思いますけども。自分の世代は旧型国電・旧型客車・旧型電機にフラれた世代ですけども、地方私鉄の旧型電車には余裕持って間に合ったので、恨みはなしかもと)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 さて。
 レゴでの80系自体は以前に関西急電仕様を造っています。茶色とクリームの急電色。今回はその応用で、大きく仕様は変えていません。
 ただ、関西急電だとクハ86とモハ80のみですが、東海道東京口だとサロ85やクモユニ81という仲間も加わり、一気に賑やかに。



 地味かもしれませんが、基本形式のモハ80形より。
 実物でも、このモデルでも動力車です。

 初期型のシルヘッダー付の車体。シルヘッダーの表現も多々ありますけども、先の急電仕様同様に「影の黒帯」表現としました。それっぽく見えてコスト面でも有利です。

 湘南色の「緑」は通常緑か濃緑か迷いました。
 ただ、後者は些か濃すぎる! 通常緑……レゴ基本色のラチチュードの広さに頼ったのは正解でした。

 ドアは初期車原型のプレスドア表現。丸太ブロックがプレスドアに使えるのは新発見(笑)。広範に使える手ですね。

 屋根は全車共通で45度スロープ 旧濃灰です。
 旧型車には国鉄私鉄とも、ポチスロやカブスロよりこっちが似合うと思うのですよ!


 反対サイド。床下機器は割と適当ですが、制御器と抵抗器らしいもの表現すると昔の電車らしく見えます。

 動力系は取り敢えず9vモータx2。6両編成は1Mでは苦しく、2Mではちょっと勿体無い。片方はRC時代のモータにでも置換考えています(少しでもコストダウン)。
 或いは、運行環境によってPF化もありえますかも?





 同じくモハ80形。但し最終型の300番代。
 ノーシル・ノーヘッダーの全金属製車体。木製ニス塗りだった内装も、今の電車と同じく樹脂化粧板に。座席も長距離用にスハ43並のものに改善。
 しかし、足回りは吊りかけのままだったのでした。末期、飯田線に残ったのはこの300番代のみですが、全盛期には混結混用されてたはず?です。

 レゴ的には編成に変化つけるために欲しい車両でした(同じモハ80を2両作るのイヤ)。
 側窓は2x2パネルに1x2プレートつけたものを、窓内にはめ込んだだけ。
 特に固定などしていませんが、がっちり保持されます。アルミサッシの枠が近代感を醸し出す。

 また、雨樋の表現を軽やかなものに。
(逆に言えば、レール付きプレートは重厚な旧型車らしい雰囲気を出すのに有用です)


 0番代(初期車)と300番代の違い。
 同じ2x2パネル横組ですが、<<続きを読む>>
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2016年11月23日

【鉄道作品日本形】80系湘南電車の進捗 車体完成6両分♪


 車体が6両、完成しました。
 
 サロ85は1両。モハ80が2両。
 クハ86が2両。そしてお揃いの郵便荷物車クモユニ81が1両。当初予定の6両が一挙に。

 荷電付けた普通列車というのは、昔の東海道筋では定番でした。


 湘南顔ノーマル(木枠)はクモユニ81に使う。
 あとのクハ86は特定車番モデル(笑)で、パノラマウインドウの異端車86015。
 そして、1.5次型と言われる稜線なし湘南顔の86022。

 時代考証は1960年代。86015は1959年にこの顔に改造されてますので。


 クハ86は比較的シンプルな車体であり、以前の関西向けの実績もあり製作は楽♪

 一方悪戦苦闘したのがクモユニ81。順組横組大きな扉。その上 微調整の必要な顔での両運転台。


 サロ85他中間車。
 大きな窓のサロは2等化後(1960年以降)想定です。帯色は薄い青のはず。「1」表示は軽い余興。

 広窓でソファのようなゆったりしたボックスシートの並ぶ優等車は憧れの存在……。
 余談ですが等級制廃止(グリーン車の制度導入)は1969年。その前にサロ85はサハ格下げされているのでグリーン車時代は存在しません。普通車なので豪華な座席は早い者勝ち?(羨ましい!)。

 隣はモハ80 300代。新性能電車に通じる近代的な車体。
 編成に混ぜると適度な?違和感。


 「湘南色は、良いぞ!」

 グレートノーザン鉄道のカラーリングをパクったとか言われちゃいますが(笑)、緑とオレンジの組み合わせって良いものです。飽きない! 派手なんだけど嫌味じゃない。
 ましてや元祖の80系となると。

 また、6両も同じスキームの電車並ぶとちょっと壮観♪
 フル編成派にとっては6両なんて物足りないかもしれませんが。ウチでは長い部類なのですよ(……根気、足りませんので)。

 さて、あとは足回り造って。パンタ載せて。ベンチレータなど屋上機器載せるだけ!
 ……いや、結構な工数じゃありますが(苦笑)、完成も見えてきました。
 
 ともあれ、車体だけで記事書きたくなるほどの自己満足度。足回りも付いて完成したら当面の「お気に入り」になれそうです。
 
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2016年11月22日

【鉄道作品日本形】80系「湘南電車」製作中

 今週末27日に迫った「辻堂」合わせでもありますが、元々製作予定にはありました。
 優等列車全盛期の東海道本線は80系の全盛期でもあり。「青大将」編成に151系、20系などと共演させたいと思っていたもの。
 幸いにも、機会に恵まれ予定を繰り上げ。

 80系そのものは「関西急電」仕様(茶+クリーム)を2013年に制作済であり、その援用故、部品確保してしまえばスムーズに進みます。


 中間車。モハ80形の2種。
 奥が0番代。手前が300番代。せっかくなので作り分けしてみました。

 300番代の車体形状は10系軽量客車やキハ55気動車と同じ流れにあり。旧型国電にするのは惜しいほど?

 なお「湘南色」の解釈はかなり迷いまくった……もとい熟考した末に通常緑+通常オレンジとしています。ダークグリーンの使用も考えたのですが、如何せん「濃すぎ」る。それなら基本色のラチチュードの広さで押してみると。

 取り敢えず、モハの構体造ってみて正解な気がしました。


 クハ86形 前頭部の三形態。

 右は通常の2次形以降の顔。いわゆる湘南スタイル・湘南顔。これが王道!というかノーマル仕様と。
 但し個人的趣味で前面窓は「原型木枠」仕様ですが。レール付きプレートで木枠っぽく。Hゴム嫌い。

 真ん中が「1.5次形」。1次形の半流線型の台枠上に湘南顔を載せた過渡期の形状であり、クハ86021・022の2両のみ。鼻筋がなくどこか円やかな形状でした。強いて類似形状を求めると同じく東急車輛で作られた京急500形か? これも原型木枠で。

 左のが、クハ86015。1次形の3枚窓半流線型を曲面ガラスのパノラミックウインドウに改造したもので、153系での採用に先駆けるものでした。但し、1960年代後半には元の3枚窓に再改造されてしまってましたが。


 塗分線は先の関西急電仕様同様、階段状の処理で納得しています。ヘタにスロープ使って合わせるよりは良いと思うのですが。

 取り敢えず、クハ+モハ+モハ+クハ……の4連1編成はまとめる予定です。
 もし、時間と気力とパーツに余裕あらば……?
 

 
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2016年10月27日

【鉄道作品日本形】京急2100形 仮完成(横浜市立大学 浜大祭展示持込用)

 本日から10月30日 日曜日までの横浜市立大学 レゴサークルの展示に持ち込む新作です。

 浜大祭展示に関して(横浜市立大学 レゴサークル様)
http://ycubrick.blog.jp/archives/6761924.html

 会場が京急沿線 金沢八景ですので、持ち込み車両は当然、京急!












 さて。先頭車1両 既に試作で出来てるから楽かと思いきや。4両編成にするのは予想外の難物でした。
 車体のパーツ数が意外と多い!(塗り分けラインの関係で、殆どがプレート組強いられる) なかなか車体が組み終わらない。想定の3倍くらい面倒だったと。

 なお、関山の参加は本日の14-16時ころのみです(申し訳ない!)。
 作品(京急2100形及び、東急車輛製造ということで縁のある札幌市電A830形)は最終日まで置いていくので、興味のある方ご覧くださいませ!

 また他にもトレイン持ち込みなどあるようです。
 レポートしますので、お楽しみに。
 
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2016年10月20日

【鉄道作品日本形】新幹線922形(初代)。試作車改造の電気試験車編成(2)



 そういえば。
 何故か1970年代には1000形や0系の色だけ黄色に変えて試験車に見たてた玩具は皆無でした。今の「ドクターイエロー」玩具やグッズが溢れてる時代からすると隔世の感。

 事業用車だから売れないという判断がされてた?
 しかし、「はたらくくるま」は子供に人気の定番でした。それに「図鑑」だと922など事業用車も掲載されてましたし。なにより、色変えだけですからローコストに製品の種類増やせたでしょうに。

 余談ですが、1980年代になってもブリキ玩具の0系は「運行番号表示窓」や小さめの前照灯、窓枠のHゴムなどに1000形の特徴を残したものが多々あったんですよ(子供心にも違和感ありまくり!)。その塗り替えで「922初代」ってできたんじゃ(笑)。

 まぁ、1000形を0系に見たてられるほどに当時の鉄道玩具は今ほど精細でもマニアックでもありませんでしたけども。
 1970年代前半まであのプラレールでさえ「赤い新幹線」でしたものねぇ(流石に持ってなかったですが 自分のは青白になった初代だったのかな?)。

 で。
 何故か911形ディーゼル機関車のブリキ玩具が存在したのは、911形の記事で記しました。「特急電気機関車 EH1031」という、EF58やEF66風味の自由形でしたけども。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ローアングルは正義。922-4を前にして。東京寄り・海側です。
 マキシの側スカートがエレガント。0系は軽快なミニになってしまいましたが。
 しかし、951や961はマキシに戻ってます。試作車の証!
 500系以降の時代は事情も違いますけども。
 

 922-1を前に。大阪寄り。同じく海側。


 合計4基のパンタを結びつける高圧母線
 そして922-2 六角窓のインパクト。

 試作車+試験車の食合せは垂涎モノですよ!


 921-1。新幹線軌道試験車と並ぶ。
 この車両もまたモデル線時代からの仲間でした(4000形)。

 なお、922-4は連結器取り付けてスタンバイ。実物は光前頭開けての引き出しですが、流石にレゴではパーツ差し替えです。





 この組み合わせ。やってみたかったのです。異形のモノ同士の連結。

 921形は911形ディーゼル機関車に牽引される建前でしたが、922形による牽引もしばし行われていました。911形の最高速度が160km/hなのに、921形の許容速度は200km/h。無論、最初から922が曳くことが前提だったのです。

 なお1975年の922形初代引退後も921-1は軌道試験車の予備車として残されていました。922 10番台(含む921-11)の検査時、0系8両編成が921-1を牽いた記録もあります(1977年頃)。勿論、200km/hで。

 なお、921-1は後に小山に送られていますが……961や962が牽引したんでしょうか? 
 何れにしろ、電車が客車を曳くという特異な運行形状が事業用車といえ、新幹線で見られたのは愉快な話です。


 ところで、この編成。気になるのは終端駅ので入換なんです。
 922-1には構内移動自走機能があったので、東京駅のような行き止まりでも「機回し」が自力で行えたんでしょうか? 或いは東京駅から東一運までを推進運転したのか?

 そうした面倒もあって、921形軌道試験車は921-11以降は最初から電車の付随車形状になり、922形10番台/20番台編成に組み込みとなったのでした。




 ディーゼル機関車 911形も含めて。

 こんな「異形のモノ」たちが深夜の新幹線を行き交う。まさに百鬼夜行!


 而して彼女らは正義のアヤカシ。
 線路と安全の護り手であったのでした。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 さて。
 先行して事業用車ばかり造ってしまいましたが。
 今更ながら、新幹線(東海道・山陽筋)の深さに嵌りつつあり。

 1000形由来の922を作る中で、量産型としての0系の魅力にも気が付かされる。
 また、0系顔を薬師山氏の模倣で制作する中で、意外や100系も可能であることまで判明……。
 そしてさらなる試作車、951形(スーパーロングノーズの美形)や961形(食堂車に寝台車!)の存在。
 あ、結局事業用車に戻っちゃいそうですね?

 でも、営業車としてまず100系は優先したいところ。
 国鉄時代の「締め」でありましたし、個人的には一番「未来」を感じた車。そして「最も華やかな新幹線」であったから。
 次は素直に0系? 大量生産ゆえの特殊な編成や変形車の宝庫。趣味的な魅力はその末期に花開く。
 まぁ、妄想もこの程度にしておきましょうか。
 
posted by 関山 at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道作品(日本形) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月19日

【鉄道作品日本形】新幹線922形(初代)。試作車改造の電気試験車編成(1)


 新幹線の電気試験車編成。922形は3編成ありました。

 初代は試作車1000形B編成改造。4両編成。1975年廃車。
 10番台車は1974年製造。6連+軌道試験車。0系広窓車準拠。2001年廃車。
 20番代車は1979年製造。同じく6連+軌道試験車。0系小窓車準拠。2005年廃車。

 今回制作したのは「初代」。922-1〜922-4の4両編成です。
 試作車ゆえの特異な形状を多々残す、奇異とも言える編成でした。

 なお、新幹線の試験車に関する「ドクターイエロー」の名称はJR化以後のもので、国鉄時代は単に「試験車」「黄色い新幹線」とか云われていました。
 故に今回の922初代をドクターイエローと呼ぶのは若干の抵抗はあります。JR化どころか1975年に廃車解体されていますので。
(ただ、イベントなどでは「ドクターイエロー」って呼ばれるのでしょうね(笑)。人気者になってくれるといいなぁ)
 
 自分が実物見る機会のなかった編成ですが、初めて本で見たときには形状の奇異さに驚いたものです。ツルツルのプラグドア、側面を覆う長いスカート、0系に似てるようで微妙に違う前頭部には運行番号表示窓。極めつけは、元1004号の922-2の六角形の窓!

 当時現役だった「黄色い新幹線」(922 10番台)とは別ものの魅力、5歳時にも伝わってきたのですよ(笑)。

 前頭部制作については此方記事参考ください。
http://legotrain.seesaa.net/article/442477657.html?seesaa_related=category

 基本的に薬師山氏の0系をベースに若干の修正を加えています(多謝!)。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 922-1。元1003号。大阪方先頭車。
 前面は1000形由来の曲面ガラス3枚窓を残していました。いつしか0系同様の平面ガラス2枚窓に改修されていますが、あえて原型に。
 ライトも、1000形由来の「小目」の積りで。これも後年0系同様に改修。

 長い側スカートは1000形の特徴でしたので、全車で頑張って再現してみました。それゆえ何とも言えない重厚感というか、マキシスカートゆえのエレガントさか。
 1x2や2x2のカーブスロープ駆使で、納得出来る形状になりました。

 よく見ると、試験車らしい形状は屋上の観測ドームのみ。
 後の試験車と違い、「窓埋め」が行われていないのがこの編成の特徴でもありましたね。


 922-2。元1004号。
 窓柱をX型にしたため、六角形の側窓を持つという特殊な車両。同種の車両はその前後にも、また(知られる限り)海外にも例はありません。丸窓・楕円窓並べた車両は少なからずありますが、この特殊構体は唯一無二のものなのでした。
 
 この窓のレゴでの作り方は過去に試作品を上げています。詳細そちらを。
http://legotrain.seesaa.net/article/438071683.html
 ポチスロをはめ込んでいるだけで、無論、接着などはしていません。輸送時丁寧に扱わないと「悲劇」は起こりえます(笑)。


 反対サイド。なお1004号時代から「謎の窓と乗務員扉」が有ります。車掌室を想定した試作だったとか?
  

 パンタ周り。パンタグラフはなぜか2基並んでいます。
 これは1000形時代から。初めてである高速での集電ゆえ、予備を考慮していたのでしょうか? しかし、そのあたりが落ち着いてた筈の922-10番代や20番代でも2個並んだパンタは採用されています。やはり、謎です。

 2個とも上げっぱなしということは多分無かったはず。当時の写真などみる限り、車体妻面よりの(即ち外側の)パンタ上げるのが正解の模様。


 内部。2x2パネルでの内部補強あり。シート配置工夫すればフィグも乗れる。
 全車インテリアは準備工事のみ。窓大きめなので測定機材など見栄えするかも。頑張ってみます。



 922-3。元1005号。
 レゴトレイン的に動力車です。無論PF対応。

 922-2から922-3へは、編成中2組のパンタグラフを結びつける高圧母線が引き通されていました。高々と碍子を上げて。空気抵抗も騒音も気にしないのは試験車故か?
 後世(300系以降)は絶縁技術も進んだため、高圧引き通しを行うにしてももっとスマートになっています。

 なお、ドアの沓摺に見えるのはプラグドアのレールです。このレールのある方にドアが開く由(実物では)。新幹線のプラグドアはのちに300系でも試されましたけど長続きしなかったですね。




 922-4。元1006号。
 1000形でも1006号は0系と同じく、前面平面ガラス2枚窓でした。ただ、それでも0系とは雰囲気が違うものでしたが。やはり観測ドーム載せています。

 ボンネット側面には運行番号表示窓が1000形の特徴でしたが、その下には青い「256km/h」のチャンピオン・マークが誇らしげに付いていたのでした。逆三角形(扇形?)のものでしたので、1/4丸タイルの青が出てきたら差し替えしたいところ。

 922-4は連結器取付可能です。
 これを活かして、921形軌道試験車の牽引とか、ディーゼル機関車911形との救難牽引等で遊べると。
 将来的に0系制作して、R編成重連なども視野には入っていますが(笑)。


 922-1と922-4の並び。運転台窓仕様の差異が分かるでしょう。
 922-1も早期に0系同様の窓やライトに改造されたと言われているので、この並びは半ばフィクションです。模型的には前後違うほうが面白いですから(笑)。


 或いは922と941の並びにも見たてて?

 941(救援車。2両編成。元1001-1002 A編成)は使用機会も少ない車でしたので、末期まで曲面ガラス3枚窓で残っていたと言われています。ただ、922初代以上に資料のない車両ですが(本に載ってる写真も同じ写真が多い)。新幹線随一の「幻の車両?」か。
 後世の(JR化後)試作車で短命なものも少なくないのですが、これらは新幹線が鉄道趣味の対象になってからの時代ですから、割とファンに依る記録も多いのとは対照的です。



 さて。
 922形新幹線電気試験車。次回は「編成写真」でお伝えします。

<未完>
posted by 関山 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道作品(日本形) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月06日

【鉄道作品日本形】今度は新幹線100系? 前頭部のみ試作(安易? でも満足!)


 先の1000形/922形前頭部を薬師山氏の0系ベースで造ってて感じたのは、
「ちょっと弄れば100系風に見せられるんじゃね?」
 ということ。

 100系はシャークノーズとか云われ、0系の丸顔からの変貌が語られるところではありますが、実は新幹線の顔として0系の流れは汲んでるのですね。「光前頭」だって健在ですし灯火の位置だって同じ。平面ガラスの2枚窓だって。
(特に、以後の300/700/500/N700……という流れから見ると0系と100系は寧ろ共通性のほうが目立つほど!)
 あと、側面から見ると意外とショートノーズであり、951形や200系ほどもロングノーズではありません。

 思い立ったら吉日と、前頭部試作してみました。


 狙ったとおり、満足の行く造形。薬師山氏の元設計偉大だ……。
 100系はそれなりに実物観ているのですが、自己満足度は高いです。


 斜め上から。良し、破綻もない。
 目付きの悪さ(笑)は、100系のアイデンティティでしたね。逆組にしたライト周りでしたが、これで目つきの悪さも強調です(苦笑)。透けて見えるポッチがバルブに見えますし。
 運転台から屋根に至るラインも取り敢えず納得。


 サイドビュウ。

 新幹線に関しては側窓小さく作る文脈もありますが(1x1ブロックの順組など)、100系は大きな窓で明朗な印象あったので好みや整合性もあって横組窓に。
 取り敢えず9000番代風の小割窓ですが、本製作時には量産車の大窓にする予定。


 さて。0系(含む1000形1006号/922形)との相違点です。

 光前頭の形状変更。
 前照灯の形状変更(「○」を「−」に)。
 運転台側面窓の形状変更。

 あとはちょっとスカート形状弄っただけ。実に安直な100系なのでした。いやボンネット上部のラインも修正しようかと考えましたがどうやっても違和感あるので。でも、たったこれだけで差別化は出来ちゃったと。


 最後に。当面、製作予定無いです(笑)。
 秋イベント合わせの本命は922形初代と、あとは東海道線在来線題材(未定)であり、100系は年末〜年初に着手できれば良いと考えています(微妙に部品もない!)。「グランドひかり」の6連中間2両2階建て……辺りが狙う所ですが、どうなることやら。
 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道作品(日本形) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月05日

【鉄道作品日本形】新幹線電気試験車922(元1000形 B編成)の進捗。2両だと941に見える?

 前回記事
http://legotrain.seesaa.net/article/442477657.html


 なんとか両先頭車2両(922-1/922-4)できました。
 といっても屋根上がまだです。試験車は屋根上が楽しい(苦しい)のですよねぇ

 そして、中間車2両も手付かず。1両は平凡な形状ですが(922-3)、もう1両が「他にこんな車両居ねぇよ!」な922-2ですから。好きなものは最後に食べる派です自分は。




 でもまぁ、こうして2両を背中合わせにしてみると941形(救援車)に見立て出来るので楽しいです。細かいことは気にしないお約束。
 しかし、歴代新幹線で2両編成を「実際に組んだ」のって1000形1001-1002(A編成)と951形くらいのものでしょう。0系/200系は電気的には2連組めるはずですが……。


 922-4(左 元1006)と922-1(右 元1003)とでは形状差別化してみました。
 922-4は前面平面ガラス2枚窓。大きめの前照灯。平面ガラスは1006時代からのもので、前照灯は0系に合わせて改造されたもの。
 922-1は原型の曲面ガラス仕様。前照灯も原型の小さいもの。

 922-1も後日 0系同様の形状に改造されているのでこの顔だった時期は短いはずですが、模型なら形状違いで遊んでみたいということで。無論、何時か1000形原型や0系へ進出する「テスト」も兼ねてます。予定は未定。


 922-4(左 元1006)。前回に比べていろいろ修正。
 運転台窓を1プレート継ぎ足し。屋根へのラインを自然にする。
 運転台側面窓の整備。隙間を最小限に減らしました。ヒンジ曲げはお気に入り表現。
 1000形では意外と目立つ外吊ドアレールの表現。
 ドアそのものは飛行機窓化(前位)。但し部品届くまでパネル代用……(後位)。
 前面車体裾に補助排障器設置。スカートとレールの隙間が視覚的に埋まる。
 側スカートを曲面形状に。全体の印象が円やかに。

 今は手付かずの屋根上ですが、2基のパンタグラフが並んで付く予定。


 922-1(左 元1003)
 先にも触れた曲面ガラス前面窓の車。キャノピーの前後に1プレートづつ「継ぎ足し」してボリューム確保。ピラー表現は諦めました(笑)。

 横組窓取り付けの側ポッチ付ブロックと1x1ビームは黄色に差し替え予定。
 同じくドア窓も飛行機窓に差し替えします。

 屋根上は観測ドーム等ならぶ筈です。それでも中間車のこと思うと大人しいのですが。

 電気試験車(救援車?)と軌道試験車921形の並び。

 あやかし同士もとい、事業用車同士の妖しげな宴、いざ、始まらん……?
 

 ともあれ、昔の新幹線事業用車の妖怪然とした雰囲気。
 そして、何れも短命で儚く消えてしまったこと。このあたり、後世の922-11/21や923(II)などにはないマニアックなロマンに溢れるのですね。
 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道作品(日本形) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする