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2017年02月13日

【作品紹介】yamatai様の国鉄型客車4(CAD)。鋼体化客車オハ61と、客車改造気動車キハ40系初代。

 前回記事
 yamatai様の国鉄客車群(cad)。スハ43・スニ40・スニ41・マニ37他
 http://legotrain.seesaa.net/article/446745155.html

 yamatai様の国鉄型客車。続報(CAD)。スハネ16・オハネフ12・スロ62
 http://legotrain.seesaa.net/article/446869376.html

 yamatai様の国鉄型客車。続々報(CAD)。オロネ10・マニ36他/EF62と編成例
 http://legotrain.seesaa.net/article/446885053.html


 LDDならではのスピード感? 但し、yamatai様の設計は量産への配慮もあるものゆえ、実制作も案外スピーディに進むかも?しれません。
 32ポッチ級6幅というのは、量産性には秀でてる規格ですからね。サクッとたくさんの形式揃えられる!


 オハ61形。鋼体化客車。

 鋼体化とはなんぞや。
 安全面で問題の多い木造客車は戦後しばらくまでたくさん残っていました。
 それらを1949年より「全車」を鋼製車に作り変える大事業。台枠と台車。一部機器。内装材(座席など)を再利用して、車体は新造というものです。系列全体で3000両近くに及びます。
 1956年まで改造が続き、これによって木造客車は営業用としては一掃されたのでした。これは欧州各国国鉄(独・仏・伊など)に先駆けるものであり、当時の日本国有鉄道が誇ってもよい偉業でしょう。
 
 主要形式は三等車。オハ60・オハフ60・オハ61・オハフ61。この他に合造車や荷物車等。少数ながら優等車も。
 活躍は言うまでもなく全国全土に及びました。稚内から鹿児島まで。

 偉業ではありましたが、当時の最低限の三等車です。
 座席ピッチは1300mm程度(スハ32やオハ35、スハ43が1470mm。……E231系が1500mm)でかなり狭いもの。座席の背は直角で木製。各部の仕上げも最低限
 戦後の貨車にも客乗せていたり、戦災復旧の70系客車に比べれば遥かに上等な車でこそありましたが、当時新製のスハ43や後継のナハ10に比べて劣る車であったのは言うまでもなく。ゆえに、普通列車が主な用途でしたし、普通列車の電車化・気動車化が進むと余剰化も早かった。
 それでも国鉄末期。1985年頃までは結構残っていたものです。

※:この車での定員乗車(ボックスに4人)は苦しかったでしょう。後世の701系のような全ロングシートの普通列車とどっちがマシ? いやロングシートの方こそ、大正から昭和初期の2等車なのかもしれず。オハ61は紛れもない3等車ですからねぇ。
 仮説ですが。701系などの導入線区。オハ61から直に701系だったらサービスアップで両手で歓迎されたかも? 間にスハ43とか50系とか上等な車があったので、サービスダウンで叩かれましたが。
 あ、それでも地方線区のロングシートは反対です。巫山戯るな導入担当者は地獄に墜ちやがれ。自家用車と特急新幹線利用不可の刑に処すぞ!



 さて。yamatai様の作品です。
 スハ43のボツ案で、窓柱を2プレートとして窓ピッチの詰まっていたモデルの「再利用」。しかし、スハ43と並べてみると、窓が詰まってて如何にも定員の多そうな詰込仕様の客車であることが窺えましょう。良い意味でのびんぼ臭さと申しますか、今の観点で見ると味のある車両か?

 普通列車として、オハ35等と混ぜて編成するとリアルでしょうか。
 引っ張る機関車は妙に上等なものでなければなんでも似合いそう。蒸機ならC11・C12・8620・末期のC57辺り。ディーゼルはDD51よりもDF50・DE10か。電機だとED71・ED75。はたまた暖房車付けてEF13とか。
 でも、EF64やEF58、EF81あたりとなると「贅沢」かも。無論、牽引例はあるはずですが。

 私鉄払い下げはなかったものの、北海道の炭鉱私鉄では似たような姿の鋼体化客車が導入されてた由。怪しげな古典機との組み合わせだってイケるでしょう。


 ドアは開状態。普通列車で特に夏場だとドア開けっ放しで走る列車は珍しくもなかったのです。こんな状態は1986年頃、旧型客車がほぼ定期列車から引退するまでのこと。

 レゴ的にはドアを作る手間と、ドアがないぶんデッキ内部も体裁を整える手間で悩むところですね。でも、編成に変化がついて望ましいと思います。


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 オハ61とくれば、客車改造気動車のキハ40系初代も。
 
 1960-1962年に片運転台のキハ45を5両、両運転台のキハ40を3両、エンジンなしのトレーラ キクハ45を3両、客車そのままの姿のキサハ45を?両改造したもの。キクハ45以外は北海道で使われた由。

 気動車不足で、それなら余剰のスハフ61・スハ61にエンジン載せたり制御回路通したりと魔改造すれば不足を補えるかと思いきや。客車はもともとが気動車車体よりも重く、出力不足などで成功作とはいえず。少数派のまま、1971年までに全車廃車されてしまいました。台車はDT22、エンジンはDMH17Hとキハ28並の新品が奢られ? キハ17系などよりは上質な車だったはずなのですが。



 片運転台の基幹型式? キハ45形。後に二代目キハ45の登場にあわせてキハ09と改称。もう機械式気動車や電気式気動車同等の「雑形」扱い(苦笑)。

 客車のままの平面顔に前面窓とヘッドライトを埋め込んだ何とも言えないユニークな顔つき。キハ45に関しては車体は大きく弄らず、車掌室をそのまま運転台化しています。

 yamatai様の作品も、上記オハ61形ベース。
 ウインドシルヘッダは色差表現で、ダークタン。雨樋も同じくダークレッド。
 客車改造車らしい、重苦しさが伝わってきますね。

 ステップも張り下げ。ここは台車マウント方式です。
 
 正面窓は2x2。実物の寸法はキハ20などと同じなのでこれで正解か? ただ貫通扉の窓は飛行機窓2x2か、横組の方がそれらしいかも?


 サイドビュウ。
 床下はオハ61のままですが、気動車らしく作りこんだら楽しそうです。
 また、台車も片方TR11、片方DT22という前後違う仕様にしたら更に楽しく?

 なお、制御車キクハ45もスタイルは近いです。外吊り自動扉など更に魔改造も入ってますが。表現できたら楽しそうですよね?


 両運転台のキハ40。後にキハ08へ。
 うち1両が加悦鉄道に譲渡。同線の1985年の廃止まで使用。現在も保存されています。

 側面を大きく改造しています。それでも客車スタイルは抜けず。加悦鉄道でもおなじみですので、この系列では一番有名かもしれません。


 なんともいえないサイドビュウ。
 ただ、運転台後ろを詰めて、もう1つ窓数増やしてあげるとバランス良くなりそうです。
 この系列は加悦鉄道での単車使用以外は、同系同士での編成は組まず。キハ21やキハ22などと組み合わせるとリアルなようです。キクハ45だと、相手は2エンジンのキハ52やキハ55が良いのでしょうか? 1両でも造っておくと、気動車編成の良いアクセントになりそうですね。
 
<続>
 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内の作品紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【作品紹介】レゴ5udon様のE233系、4両編成に。一部ドア開閉(電動の引き戸!)

 レゴ5udon様のE233系(7幅フルスケール)が、4両編成になっています。
 前回記事:レゴ5udon様のE233系。最も?スマートな7幅モデル
 スマートさとリアルティで、あっと驚かせてくれた作品でした。


 まずは先頭車 2両。
 概ね、初出時の印象と変わりませんが、スカートが2x2スロープから、2x2角スロープに変更されシャープな印象を加えています。足元のお洒落って見逃せません。
 また、E233系のスタイルが平面的・直線的ではないことも伝わってきます。
(個人的には、E233系は内外装ともに好評価の電車です。これが量産・標準であることの嬉しさ)


 先頭車同士の背中合わせ。完成が、見えてきた?
 ラージスケールならではの作りこみが再認識されましょう。車体の断面形状。如何にも近年のステンレス車らしい車体はタイル貼りこみ。
 帯色はレトロ感のするミディアムブルーではなく、鮮やかなミディアムアズール。103系時代ならともかく、今の京浜東北線は鮮やかなイメージはありますよね?


 サムネイルだと、レゴではなく他スケールの鉄道模型に見えてしまいます……。

 しかし、テクニックパネルの前頭部や、屋根上に3列残したポッチなど、良い意味でのレゴらしさ(それも、21世紀のレゴらしさ!)を感じさせるのです。


 そして、4両編成へ。
 フルスケールゆえ、4連でも相当なボリューム感。


 今回新造の中間車。1両はドア開閉ギミック内蔵です。


 ドア開閉ギミックのある中間車。
 今時のステンレス車らしさをかんじさせる側面構造は、このギミックのための伏線でもありました?



 ドアの電動・リモコン開閉ギミック自体は少なからず試みられてきましたが、多くの場合は開き戸やプラグドアで外開きです。

 この作品、実物同様の戸袋にドアが引かれる引き戸。それも構造上面倒な両開き。
 それが片側面に4箇所です。

 そのメカを7幅に収める。内部構造。ちょっと想像がつきません。
 ドア用のモータは床下収容のようですが……。

 現状、4両編成でトレインモータ1個のため走行性能は思わしくないようですが、動力車の余裕的に2M化は可能と思われます。快走する日、楽しみでありますね。
 
 また、7−8幅クラスの作品の集合とかできたら凄いなぁと思うのでした。
 
posted by 関山 at 23:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 国内の作品紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月12日

【国内作品紹介】ryokuchakuma様の国鉄DE50形ディーゼル機関車 力強く!

 国鉄DE50形ディーゼル機関車は1970年に1両のみが制作された、今なお日本最大の2000馬力機関を1台搭載の液体式ディーゼル機関車。当時生産中であったDD51形が1000-1200馬力機関x2でしたので、同馬力のままでの1エンジン化という合理化を図ったものです。

 機号は試作機な番号DE90でもDE50 901でもなく、いきなりのDE50 1
 もはや試作ではなく、いきなりの量産を意識した自信作・意欲作であったのです。

 しかし、既に国鉄の経営状態・労使環境はDD51に次ぐ新形式の追加には消極的な雰囲気になっていました。中央西線や伯備線での試用は行われ好調であったと伝えられるものの、1975年頃には既に運用から離れ、長期の休車に。分割民営化前の1986年に廃車。

 しかし、その後も岡山→津山にその姿を残す。
 幸いにも旧津山機関庫で保存され、今に至っています。

 ※:後世のDF200形は1800馬力機関x2 電気式。
 機関車・気動車の機関から動力系を1台で済ませるか、2台に分散させるか。
 その都度の最適化がありえるので、どちらかがベストというわけではないようです。


 DE50形のスタイルは同じ1機関機、DE10の拡大版と言えるものでした。
 ただ、全長は少し長く。ボンネットも拡幅されたもの。キャブ形状もDE10とDD51の中間的な形状のものです。


 ryokuchakuma様の作品。エンジンフード側より。
 明らかにみなれたDE10とは違う雰囲気を発しておりますね。

 5幅になっている、背の高めのボンネットは大馬力を予見させるもの。ボンネットの白帯省略は実物通りですが、これもまた機関車を大きく魅せています。
 天板が4幅で、ボンネットそのものが5幅なのも好ましいバランス。一番上まで5幅だと重すぎるでしょうから。
 
 小さめのキャブもDE50らしく。窓の傾斜はハンドル付きタイルでの表現です。庇状の屋根もいい感じ。DD51にも援用できるかもしれません。

 足回り。DE10よりも長いので、台車間が空いててそこには大きな燃料タンク。
 レゴ的には、ここにPF電池BOXが収まる由。おそらく電池boxの上にPF受光ユニットだと思われますが、それもキャブ内に収まっているのでしょう。
 凸型ディーゼル機関車なのに、無理なくPF化されています。

 動力台車。車輪の位置をずらすことでトレインモータにテクニック軸車輪3軸を並べることに成功?しています。実はテクニック軸車輪は微妙に直径が3ポッチより大きく、そのままだと並ばないのですが。ずらす方法は驚きました。
(中間軸のみBBBミニを使う方法でもクリアはできますが)

 例によって内側台枠のDE10等と同じ台車ですが、保持が困難な中間軸はサイドバーでの押さえ込みを行っています。
 適度な細密感にもつながっており、DE10の表現にも使えそうです。

 床面の高さも見逃せません。ダイレクトに「力」を伝えています。


 更に力強さのある。ボンネットの短いラジエータ側より。

 短いボンネットは恰もアメリカン・ディーゼル……ロード・スイッチャーを彷彿させる雰囲気。そのうえ、2基の大型ラジエータが搭載されているので側面はすべてルーバーで、天板には2基のファンが並ぶ。

 過度ではない、小気味の良いマッチョ感。
 それが見慣れた国鉄タイプのディーゼル機関車と両立してる。そのDE50ならではの魅力が伝わってくるのです。


 斜め上方より。やはり、DE50ならでは!の力強さを伝えます。
 二機並んだファンは特異な印象ですね。
 エンジン側の長いボンネットも、また魅惑です。


 真正面より。手すりの表現が新規性。ディーゼル機関車では手すりは大事ですから!
 ハンドル付きタイル使った手すりが良い感じ。ただ、取付部の4070がややゴツい感じ。同じ部品でも黒か赤にすると、目立たずに車体に溶け込ませることできるかも?

 真ん中のグリルタイル使った手すりも2幅に抑えるか、或いは省略してしまっても良いかもしれませんが、如何でしょうか?

 連結器はエンジン側が旧タイプ、ラジエータ側がバッファ一体型ですが、この機関車に関してはバッファ一体型にそろえて、貴重な旧タイプは他用途にキープされても良いかも? 無論、優先順位の問題ではありますが。フロントエプロン内の尾灯が小さめなのは機関車全体を大きく見せる効果がありましょう。なお、解放テコは欲しいかも?


 先に作られた、9600形との並び。
 DE50の製造された1970年。まだまだ日本中に蒸機はたくさん。中央西線や伯備線ではD51と共演してたことでしょう。
(当時の鉄道ファン=SLマニア共が、DE50を記録してくれなかったことは今になっては恨めしいですが)

 無論、入換や小運転では9600も活躍してた時代です。
 1970-1975年という動力近代化計画の最後の5年。新旧に試作が入り乱れた、それはそれは魅惑の時代でもあったのでした。


 DE50は冒頭でも触れましたよう、不遇の機関車です。
 しかし、ryokuchakuma様の作品は広範に活躍してほしいものですね。高速貨物列車にも充当されたといいますので、コンテナ車中心の貨物列車でも曳かせたいものです。また量産されていたら固定編成客車(ブルートレインや12系など)も牽いてたかも?
 夢が広がるのです。
 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内の作品紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【国内作品紹介】エース君のEF65 1000番台。王道!にして新境地。

 エース君にしては珍しい、国鉄な電気機関車。EF65形の作品です。

 EF65 1000番台(別名PF形)。1968年から製造の電気機関車で最初に投入されたのは東北本線上野口ですが、その存在が華やかになったのは1978年ころからの東海道線東京口への投入以降でしょう。特急旅客用としても高速貨物用としても長く主役の座に居たものです。EF66が目立ってきても、なおPFの地位は盤石なもの。
 
 流石に今世紀以降は貨物用新造機が相次ぎ、主役の座からは降りています。
 2017年の今、引退間際の最後のひと人気というところでしょうか。あたかもEF65PF全盛期1980年代の、EF15やEF58のようなポジションなのかもしれません。いまや数少ない「国鉄」を感じさせてくれる存在の一つですね。


 この作品に関しては、g@ひたひた氏の評価が的確なところを射抜いています。


あぁ、言いたいこと言われたといいますか。

 補足しましょう。
 テールライト位置は横組み併用で、0.5プレート単位と言える微調整が行われてる由。順組だと、この絶妙な位置にはなりますまい。

 汎用パーツへのこだわり。貫通ドアも含め、たしかに特殊な部品(入手困難化が予想されそうな部品)が見つかりません。例外が旧タイプの連結器ではありますが。

 サイズアップに逃げず。
 7-8幅やフルスケールへの否定では無いと思いますが、6幅で全長34ポッチの中でできることを尽くされているのがわかります。落ち着きというか、まとまりのある作品と言って良いのでしょうか?

 全体に「基本を抑えて」いるがゆえ、ディテールは控えめなもののEF65 1000として非のない作品になっておりましょう。でもその基本を抑える、って案外難しい、それを乗り越えてしまってます。


 側面より。

 均整のとれた側面は実物の印象通り。側ルーバーの1x2グリルブロックも青はレアパーツ化が進んでしまってますが、ここは濃灰で代用されてます。しかし、却ってグリルが埋没しないんですよねこの表現は。
 ナンバープレートも良いアクセントに。

 電気機関車らしく、床面は1プレート上げられています。
 モーターは2基。牽引力が期待できるのは言うまでもなく。そして注目すべきは写真で右側のモータ。ケーブルを巧みに逃して、車内の逆転スイッチを省略する配置に成功しています。コスト面・車内配置面で有利なの言うまでもありません。

 台車枠の装飾。モータ用台車枠部品にバーとロボアームによる装飾。最小限の追加で、最大限に国鉄新型電機らしい足回りに魅せておりましょう。真似したい表現です。

 惜しむらくはEF65としてはオーバーハングが長めのことでしょうか。
 スカートと台車の間を1ポッチ詰めると、車体も弄って全長を32ポッチにできそうです。更に締まって見えるかも?
 或いは、車体を34ポッチのままで、中間台車のホイルベースを2ポッチ伸ばすか? そうすると中間台車も動力台車っぽい感じが出せるかもしれません。


 今回は車体のみですが、コンテナ車8両も制作されてるとか。
 余り部品でもよいので、コンテナそれっぽく造ってみるのも楽しいかもしれません。

 また、何時かは客車にも手を付けてくれないかな……という期待も膨らみます。
 エース君の新境地を開いた作品。楽しみなのです。

posted by 関山 at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内の作品紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月11日

【作品紹介】きた様の「赤い駅」もロシア風味? 火曜オフ名古屋向け。

 2月21日に迫った、火曜オフ名古屋向けの作品です。
 大物ゆえ、サプライズかとおもいきや公表許可得られましたので事前紹介いたします。

 本気で。平日のオフ会向けなんですよ?


 やたらロシア風って記すのも何ですが。自分がロシア好きだから?
 でも、感じる雰囲気はロシアなのです。

 ちょっと威圧的で、でも良い意味での垢抜けなさと泥臭さがある。
 いや威圧も垢抜けなさも泥臭さもすべてネガティブワード。でも、ここでは良い意味で捉えてくださいね!
(軽々しいのや、洗練されすぎてるものに嫌悪感持つことは少なくありますまい?)

 装飾の目立つおそらくは煉瓦建築。
 近年でこそ、レンガに濃赤やダークオレンジを使うことも増えてはきましたが、こうしてみるとレゴの赤が煉瓦色のメタファであることを再認識させられます。美しい。

 小さめの窓枠がたくさん、というのもクラシカルなヨーロピアンであり、更にレゴ的でもありましょう。

 灰緑の、銅葺きと思しき先頭も素敵。ここも良い意味でのブロック的・レゴ的造形で纏められています。

 面白いのは屋根軒の装飾。たくさんのテクニック・エンジンシリンダー。
 こんな技がありますとは!

 駅自体の規模は、都市の中央駅にふさわしいものです。32x32基礎板x3枚分とか。
 

 アップ。装飾の詳細もわかりましょう。
 特殊な部品使わずとも、デコラティブになる、レゴという素材の面白みです。

 入り口の階段付近も優雅な感じ。


 正面。改札口とバルコニー。
 柱の白線が良いアクセント。黄色のラインも良い効果でしょう。


 側面。




 背面。やはり二重高架部への設置を考えておられるのか? 上下ともプラットフォームが前提になっているようです。


 街の中に。
 きた様の作品・コレクションが大規模に展開するのだとか……?

 最初、名古屋でかつ平日・火曜日ですからミニマムな規模の交流会程度と思いきや、想像を絶する規模の大規模展示になってしまいそうです。

 これは、楽しみです。
 合わせる列車や自動車のセレクションも気を使いそうですね(笑)。

 催しについてはこちら参照ください。
http://twipla.jp/events/240143
 定員いっぱいになっておりますが個別交渉で参加は未だ可能な模様です。
 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内の作品紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月10日

【作品紹介】yamatai様の国鉄型客車。続々報(CAD)。オロネ10・マニ36他/EF62と編成例

 前回記事:
 yamatai様の国鉄客車群(cad)。スハ43・スニ40・スニ41・マニ37他
 http://legotrain.seesaa.net/article/446745155.html

 yamatai様の国鉄型客車。続報(CAD)。スハネ16・オハネフ12・スロ62
 http://legotrain.seesaa.net/article/446869376.html

 引き続き。




 オロネ10形。A寝台車。或いは「二等寝台B」。

 10系軽量客車中の、華やかなるエリート。車体は固定編成の20系に準ずるもので、多くがナロネ20形式と共通しています。1959年製造。やはり1982年迄に終焉を迎えましたが1975年ころには早くも余剰・老朽での廃車が。佳人薄命な車でした。
 等級帯は1970年には廃止され、以後は青一色。これはこれで品の良いものでしたね。

 かなり目立つ……と作図者も仰っていますが、実物も編成中では目立つ存在。
 それゆえ、トレイン窓に深アーチ屋根(6005)のスタイルも「あり」でしょう。余談ですが新濃灰より新灰のほうが、記事書いてる地点では少し安めです……ただ、1両に64個使用というのは思い切りがいりますが。編成中1両のA寝台ですから、贅沢も許容されましょう? 他表現にはない、魅力はありますから。

 


 マニ36形 荷物車。
 もっとも一般的だった荷物車。1980年代にはマニ50に置換えられていきましたが、それでも1986年の鉄道荷物輸送の粛清的終焉まで生き延びてはいました。色は原則として茶色のまま。青・銀(スニ40やワキ8000等)と混ざったごちゃまぜ編成。

 大きな扉は、今の目で見ると堂々とした、優雅な車にさえ見えてくるので不思議です。
 
 マニ36は様々な客車からの格下げ改造車であり、バラエティは豊富です。画像はスハ32系からの改造車か? 丸屋根です。


 国鉄客車の丸屋根表現もいろいろ考えられてきましたが(AP氏・awazo氏・関山で全く手法が違います)、yamatai様のも独自。ポチスロに依る絞込。
 固定概念に縛られず、近年の新パーツの利用で、まだまだ可能性は模索されてよい部分かもしれません。

 車端部の絞込がいい感じで、これ応用すればマニ37(スロ60改)のキノコ型妻部にもできましょう。いや、折妻の後退角を無視すればオハ35戦後型のようなポピュラーな題材んもなりますかも? いやそれ以前に丸屋根の客車自体がたくさん居りましたね。


 唐突ですが……14系。スハネフ14。
 2017年現在の、ベストな表現をバランス良く盛り込んだもの。ヒンジに依る折妻再現。カーブスロープに依るおでこの表現。屋根は45度スロープ+カーブスロープ。好ましい「新型客車」の姿ですね。特に制作上問題になる部分も見当たりません。
(2x2の青い窓はやや入手難しいですが。最悪、横組に設計変更?)

 他の旧型客車たちとは別文脈で作られるべき作品?
 いや。1971-72年の急行「瀬戸」での試行運用を再現するのも楽しいかもしれません。旧型客車急行編成に14系が組み込まれた、それはそれは奇異で楽しいものでした。
 

 客車ばかりではなく、機関車も。EF62形。
 信越線用の本務機。1962年製造で、1997年の碓氷峠廃止で事実上の終焉。但し、その前に大多数が廃車されていましたが。1984年-1986年に東海道・山陽線の急行荷物列車用に転用されたものも居ましたが、やはり鉄道荷物の廃止と運命を共に。

 幸薄でしたし、現役時代人気があったとも言えません(東海道・山陽線でEF58を置換えたので、むしろ嫌われてた感さえ)。しかし、今の観点で見ると未だ国鉄新型電機のフォーマットが固まる前の、過度期的な個性を感じさせられる機関車でありましたね。

 yamatai様は全長28ポッチで7幅という、独自フォーマットを導入されてます。
 7幅化はパワー感、また狭軌感を強調できるメリットあり。また、レゴトレインで起こりがちな「ウマヅラ」の回避にもつながる。PF動力の場合、電池BOXの横に配線通したりできたりも。

 このフォーマット、案外ありなのかもしれません。
 フルスケールで7幅というのはAP氏が既に投入されていますが、同氏作の6幅フルスケール客車を合わせても違和感はありませんし。

 前面は手すりや解放テコが印象的です。手すりの表現は7幅(あるいは8幅)ならなんですよね……。


 側面。レゴトレインでの制作をこれまで絶望的にしてきた側面ルーバーはかなり大胆な割切を。これはこれで、一つの解決策でしょう。全長をギリギリまで詰められてるので全体のバランスが良く、ルーバーの違和感がないのです。

 それよりも車体裾の上げ。微妙な寸法で展開される明り取り窓。精細なキャブ廻り。全体に漂う重量感。実制作されたら、魅力あふれる作品になるんじゃないでしょうか。

 ただ、問題点を指摘しますと。
 この車軸配置ですと、動力系は自作しか無いですね。C-C車軸配置は鬼門ですから。

 或いは、2-B-2に割り切るか。
 はたまた、トレインモータにダミー車輪を装着するか。

 なお、非動力に割り切っても、EF62ならではの強引な解決策もあります。


 これまでの作品の集大成。EF62の牽く信越線急行「越前」。上野〜福井間。1970年ころから1982年の廃止までの編成か?
 
 実現したら、まさに夢のよう。
 ただ客車を半分くらいに削ると現実味を帯びてきましょう?

 碓氷峠を越える姿であり、一番後ろから推してくるのは?


 EF62の相棒にして碓氷の番人、EF63形!
 こちらは一般的なB-B-B車軸配置ですから動力の問題も皆無。EF63を前提にすれば、EF62を無動力のダミーにするのも「あり」かもしれません。

 なお、画像の編成は坂を登る「下り」列車(上野発福井行)。
 坂を下る「上り」列車(福井発上野行)は、EF62+EF63+EF63の三重連となっていたのでした。


 ED75の牽く。こちらは東北筋の急行列車か?
(紹介タイミングの問題で、客車の作図が古いのはご容赦ください)
 
<続>
posted by 関山 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内の作品紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月09日

【作品紹介】yamatai様の国鉄型客車。続報(CAD)。スハネ16・オハネフ12・スロ62

 前回記事:yamatai様の国鉄客車群(cad)。スハ43・スニ40・スニ41・マニ37他
 http://legotrain.seesaa.net/article/446745155.html

 物凄いボリュームですし、リアル制作上の問題も少ないお題です。国鉄旧型客車は潰しも効きます。
 それゆえ、LDDですが紹介続けさせていただく次第です。

 まずは前回の修正分から。


 スハ43・スハフ43・オハ46など。
 屋根を2x3丸ブロック(色によって入手が困難)から、全色が入手しやすい45度スロープに変更された様です。
 45度スロープはやや歴史的な車両の表現には向いてる印象ですし、新灰新濃灰の他、まだ旧灰や旧濃灰を使うのも現実的ではありますから、微妙な個性を演出することもできるのですね。


 こちらは更に、窓幅と車体裾の修正を行ったもの。基幹型式のスハ43。
 車体裾を黒から、青に揃える。トレインプレートの影響で10年以上前のトレインビルドでは車体裾だけ黒や灰色使うこともありましたが、近年の傾向は車体裾は車体色と揃える流れですね。
(無論、車体裾を別色にするメリットの有る題材もあります)

 窓幅というか、窓柱の太さを2プレートから3プレートに変更。
 1450mmのシートピッチのあった急行用スハ43らしいゆとりが生まれました。パーツ数を減らし、コストを下げられるメリットもあります。

 ドアの高さ修正も見逃せません。


 スニ40及びスニ41。
 雨樋(縦樋)の表現が秀逸でしたが、長さ6Lのバーに青がない(あっても激レア部品)という問題を解消するため、樋を黒にしたもの。
 幸いにも違和感、ありません。樋があることでの細密感が勝ってる感じです。


 新作形式。スハネ16とオハネフ12形。
 10系軽量客車のB寝台車。1954-1962年ころ製造・改造されたもので日本中で特急から普通列車にまで活躍。しかし軽量車体が祟って寿命は短く。1983年には急行から撤退。1985年には引退してしまったもの(その後の14系や24系はえらく頑丈で長持ちしたってことになります)。
 この系列、20系にもつながる、スムーズな車体の持ち主でした。
 瑞西の軽量客車のデザインも参考してるため、欧州的とも言われたもの。

 多くの場合はそれまでの非軽量の客車やら、その後の12系などと混成されたため、編成のごちゃ混ぜ感も。1982年までの国鉄夜行急行はカオス感に満ちたものでした。




 ただ、レゴで作るのは窓まわりの作りから、難度高いと言われてきた形式です。
 AP氏は、トレイン窓3x4の中に強引に?ブロックを埋め込む方法で再現しましたが、トレイン窓を使ってしまうのも勿体無い話ではあります。

 yamatai様は順組と横組の組み合わせで、大きめの窓を表現。
 窓ピッチを揃えるのにはやや苦戦されていますが、違和感を最小になるよう苦心されています。窓ピッチを4ポッチ分にすると順組横組できれいに整合性が取れるのですが、ややピッチが広すぎてイメージ変わってしまうかもしれません。


 但し、真横ではなく角度つけてみると違和感は少ない。
 できれば、現物でのテストが望ましいでしょうね。

 屋根はスハ43などでは破棄された、2x3丸ブロックの仕様。この部品 幸いにも新灰は供給が良いので(この記事書いてる地点で)、10系寝台車には「使えます」。また座席車と寝台車、従来車と軽量客車の差別化にもなっていましょう。

 車体裾は修正前か、未だ黒裾です。
 なお、床下機器はややボリューム過大ですかも? レールに底面を擦るリスクがあり?



 新作形式。スロ62形。グリーン車。
 元は大正時代の木造客車。それを1950年代に鋼体化3等車オハ61系に大更新。但し、車内設備は木造車時代のままなので木製の狭い座席などやや劣る車でしたが。
 その一部を1960年代、特別2等車に二段階飛ばしの格上げ。それも特別2等車中で最大のシートピッチ1300mmを誇る車になりました。
 1970年までに屋根を低くして、床下に発電機吊り下げ冷房乗せる。
 急行用グリーン車としては1982年に退役したものの、それ以前1974-1980年ころにお座敷客車スロ81・スロフ81に改造されたものは1989年まで生き延びたものも。
 まさに、波乱万丈の客車たちです。

 窓割りはオハ61を元に、グリーン車らしく修正しまくったもの。
 モデルでも、巧く再現されています。

 等級帯は1978年までの規定のもので、1980年ころ迄には消されてしまいました。しかし、模型としては再現したいものですね。帯なしのスロ54・スロ62・スロ81は物足りないものでありましたから。


 屋根は冷房搭載のため低屋根化。
 ポチスロ屋根が似合っておりましょう。ただ、雨樋表現(色差表現)はほしいところです。一方、ツルツル屋根よりもポッチ出しの方がそれらしいか?
 小ぶりなAU12形クーラーは最近流通しだした、2方面ポッチ1x1ブロック使えば側面のグリルも再現できそうです。

===========================================
<<追記>>

 画像いただきましたので、追記いたします。


 スハネ16 修正版。車体裾も青で揃いました。こっちの方が良いですね。特に10系は。

 木造客車や初期の鋼製車などで車体裾に台枠が見える場合くらいでしょうか。車体裾ブラックアウトのメリットが出てくるのは……?


 スハネ16の側面検討。
 左が決定稿。右は窓ピッチを4ポッチ分に広げたバージョン。

 右は窓ピッチは揃うのですが、たしかに間延び感が否めないですね。
 10系寝台車はピッチ1500mm位で、割と窓と窓柱詰まってた印象があります。

 不整合、已む無し?


 スロ62の補正版。
 雨樋を追加。ぐっと引き締まった印象に。妻面に尾灯付けたらスロフ62(スロフ81)に。窓柱を1プレート分にして窓ピッチ詰めたらスロ54になりましょう。

 余談ですが、グリーン車のみの5−6両編成というのは1970年代には団臨で見られたものです。お座敷客車やサロンカーの前史だと思ってください。


 スハ43の小改良。雨樋表現を車端部まで通しています。
 
<続>
posted by 関山 at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 国内の作品紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【作品紹介】もうひとつのドライジーネ? クロック様の装甲車はあんこう㌠。

 とにー様の作品を紹介した、勢いで。


 クロック様の作品。トレインプレート上に構成したボギー車。
 ほぼ8幅に収めているのは、大きくなりがちなAFV文脈においては抑制が効いておりましょうか。制限なく運用ができそうです。全面はもちろん、側面も微妙な傾斜が付いており、どの角度から観ても見事に、台形。

 そして、精細な砲塔。


 貨物列車。それも現代の日本の貨物列車に組み込まれて。
 とにー様作の記事でもしるしましたが、ドライジーネは連結器・台枠も頑丈そうですのでこうした連結も問題なし? 
 いや、そういう問題じゃなくて(笑)。

 しかし。あんこう㌠なマーキングがまた楽しい。
 こうして観てると大洗女子の新戦力であり、高速貨物列車併結の甲種車両。鹿島神宮駅経由で大洗へ回送されていく一コマ……に見えるじゃないですか。転地輸送訓練ともまた一味違う現代日本ミリ鉄な楽しみ方と。
 
 現代日本での割と脳天気な兵器の出し方と言えば押井版うる星やつらが思い出されるところですし、「西武新宿戦線異常なし」なんて漫画もありました。世界観のヒントはたくさんあるのでしょう。
 
posted by 関山 at 12:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内の作品紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月08日

【作品紹介】完成間際 気分屋様の小田急3000形SE車(SSE仕様)

 完成に至っておりませんが、タイミング見計らっての紹介です。
 完成後は別記事予定。

 小田急3000形SE(SuperExpress)車は、1957年に製造された日本初の高速・軽量・低重心の画期的な特急型電車。国鉄151系に先駆けるものでしたし、低重心・軽量化に関しては151系よりも先進的!

 鉄道友の会の「ブルーリボン賞」の第一回に輝いておりますが、そもそもブルーリボン賞自体がこの車両のために生まれた、という話があるほど。
 未だ軽量高速の特急電車のなかった国鉄に貸し出され、高速度試験に使われたりもしました。

 もちろん新宿〜箱根湯本間の特急ロマンスカーの主役であり花形に。それまでの1700形・2300形を一気に旧式にしてしまいました。

 しかし、より完成度高めたNSE 3100形の登場。また、御殿場線電化による輸送力向上の必要もあり、1968年に連絡急行「あさぎり」用に転用。
 8車体x4を5車体x6に組み直し。全面形状は若干の修正。以後をショートSEの略でSSEと称することもありました(ただ、実車が健在だった1980年代の記憶ではSSEと言われてた印象はありませんが)。
 時に、SE車同士の重連で10両編成も組む。あさぎりの多客時であったり、NSEの代走であったり。
 以後ロマンスカーは輸送力増強のみが続き、LSEやHISEの登場も、SE車を置き換えるものではなく、併存してた時代が続きます。

 そう。この車両のもう一つの意義は、華奢な軽量車体にも関わらず1991年までという長寿を全うしたことでもありました! この世代の特急電車は軽量化が祟って殆どが佳人薄命に終わっていますが(近鉄10000に10100、国鉄151系など)、SE車は31年も活躍を続けます。而も、小田急はこまめに内外装を手入れするため小汚くなることもなく、末期には絨毯敷のLSE並のインテリア。ロマンスカーの象徴だった喫茶サービスも最後まで行われていたのです。

 現在、1編成が2両をデビウ当時の外装に。3両を末期の外装として保存されています。
 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 最初の前頭部検討。この地点で、ほぼ完成です?
 流線型に後付けのヘッドライトとヘッドマーク。
 ベクトルを変えまくりつつ、よく見ると半プレート単位の調整まで入っています。

 フロントガラスは真ん中の2枚を傾斜させ、左右の2枚は後退角の表現。awazo氏のクモハ52辺りからの文脈を引き継いでいるのは電車史的にも興味深い? いや流線型表現の定番文脈とも言えましょうか。ウチのモハ52原型も同じ流儀ですから。
 もちろん、車種によって味付けは全く変わってきます。SE車に関しては複雑な塗り分けが難度高めてるのですが、巧く処理されてる。小田急ロマンスカラー、やはり美しい。

 なお、特徴的な乗務員扉形状が再現されているのも見逃せません。


 先頭車1両出来た段階での検討。
 横組みに依る狭幅の窓が如何にもこの形式らしい。航空機的雰囲気とも。

 ポチスロで噛み合わあせた腰部の斜め塗り分け。
 45度スロープ同士を噛み合わせた屋根肩の塗り分け。どちらもスムーズ。品格上げてます。
 屋根もつるつる仕上げ。スムーズな印象ありましたからね。


 参考になるか? 内部構造です。


 そして、フル編成。5両分の車体が完成です。
 

 恰も、3両編成のような姿で。
 先頭車は先の検討より1プレート車体高を上げています。窓上のラインが白1本から、実物どおり紅白になりました。
 

 中間車3両の車体。一番奥のは白ラインのみの暫定版か?
 やはり窓上の「赤」がないとバランスは良くないかもしれません。

 車体の差異も作り分けており、奥からトイレ付き。真ん中は喫茶カウンター付き。

 パンタ周りが密度濃く。碍子だけでなく、バネも表現。
 上屋根はグリル部分のブラックアウト処理が効果的です。
 
 あとは足回りと、連接幌廻り。
 小田急ロマンスカーの、いや、日本の電車の歴史に残る美しい電車。完成が楽しみです。ウチのNSE 3100形と早く並べてみたいところですよ。
 

 
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【作品紹介】とにー様のドライジーネ風。 可愛く便利な?装甲列車

 京都 梅小路展示会でのミリタリ系の記事が未だなのが申し訳ないのですが(大物すぎると時間が掛かる)。最近流行りの? というか一気に火が着いた感のある装甲列車題材です。

 ドライジーネは、この種の車両にしては未だ知られている方の(結構前から1/35プラモ有り)、WWII期のドイツ軍の自走装甲車。一般の車両で言えば気動車相当でしょうか?

 装甲列車にも、機関車牽引の編成型と、単独で動ける気動車形があると思ってください。なお、ドライジーネは当時の気動車にしては(※)やたら立派な連結器は付けてました。状況によって自走と、被牽引を使い分けていたのでしょうか?

 ※:第2次大戦前の気動車は軽量化のため、台枠強度はギリギリまで削り、かつ連結器さえも軽量化のため簡易なものにするのがセオリーでした。レールバスの類から特急高速用まで。この辺の事情は日独仏で共通します(北米は流石に別文脈ですが)。
 台枠や連結器が貧弱なため、貨物列車での回送さえ制約があったと。

 しかし、ドライジーネの頑丈そうな連結器なら貨物列車・軍用列車での併結や回送も制約無さそうです? 鉄道屋的なツッコミでした。



 この種の題材に「かわいい」って形容するのは語弊は有りますけど、可愛いものは仕方ない!

 2軸のまるまるとした台形の装甲車。
 ただ、最大10幅ではあります。全長も20ポッチ強と。迫力はありそうです。

 前が主砲を持つ戦闘車。後ろがアンテナを展開した司令車か?
 この2両編成はもちろん、自走可能です。よくよく考えてみるとPF機器、どこに収まっているのでしょう?

 台形のフォルムに、横張りの側面。横張りですからタイルやプレートの表面が出てきて実に装甲っぽい。丸タイルやグリルタイルに依るディテールも素敵です。
 車体裾のバンパーやステップも見逃せません。


 司令車アップ。ドアや各部ハッチが開閉します。
 ギミックフルなのが嬉しい。


 製作中。全体の構成が窺えます。
 パーツの使い分けは流石とにー様だなと。


 司令車を前に。スコップやツルハシなどの小物も見逃せません。AFVの文脈です。

 気動車タイプですから、この2両で走らせるもよし。前後や中に貨車1両ほどぶらさげてもそれっぽいかも(機関車ではありませんから重そうな貨車等は無理でしょうけども)
 また、他の列車にくっつけるも良さげ。実物はともかく、レゴトレイン・レゴミリタリ文脈では使いやすい作品となることでしょう。
 
<追記>


 内部画像いただきました。戦闘車の方の砲塔。リモコン回転ギミックまで。PFケーブルとマイクロモータは直につながらないので、間に2x4の通電プレートを噛ませています。
posted by 関山 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内の作品紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月07日

【作品紹介】g@ひたひた様のモハ63シリーズ続報/一畑電鉄デハニ50とデハ20(CAD)

 やはり、気になるCADシリーズです。
 
 前回記事「モハ63 七変化?」
 1週間も経ってないのですが(笑)。賛否は分かれますが、LDD慣れた方はペースが上がりますね。実制作は別の話なのでしょうけども。

 実物解説は前回記事御覧ください。


 元祖たるモハ63形というよりはクモハ73形
 
 前回記事は改造車のクモヤ90ベースでしたので、車端部の窓が表現されていませんでしたが、今回はクモハ73の表現を意識され、車端部窓と運転台直後窓の表現があります。
 
 屋根カーブは如何にもな平面顔の元祖モハ63的というよりは、戦後の増備車クハ79的なやや柔和な印象になっておりましょうか。ここは実制作時には迷いの余地もありそう。

 なお、側面と前面で窓位置を1プレート調整されています。前面は高めに。
 側面と前面で窓位置揃っておりますとかなり鈍重な印象になりそうです。逆に言えばここのアレンジで、微妙な実車の個体差(かなり、あるんですよ!)を表現できるということでもあります。

 屋上配管や避雷器はディテールの少ない直流電車ならではの引き締め感。
 ヘッドライトは「スタンプ丸プレート(20482)」による表現。クリアしかなかったこの部品も、現在は新茶と黒が出回りだしています。未だ激レアですが……。


 こちらは仙石線仕様。1960年代後半の姿と思しき。
 仙石線は1960年代前半までは社型。並行して17m級省形(クモハ11等)。1965年ころからモハ72が入ってきました。何れも国鉄気動車色。似合ってました。
 但し70年代に気動車色はウグイス色1色塗りに変更されてしまうのですが。無粋にも。

 暖色系ツートンカラーになるとどこか私鉄然とした雰囲気にもなります。仙石線が元私鉄であり、あの時代はまだ私鉄な雰囲気を多々残してたので必然ではありますけども。

 運転台後ろの窓のタブレット保護網が電車としては特異な装備でしたね。
 仙鉄局の趣味か? 仙石線と仙山線(451系)のみで見られた装備でした。

 前面。仙石線塗り分けだとおでこが広いほうが似合うかもしれません。テールライトや前サボも1プレート低いほうがそれっぽいかしら? 前サボももっと大きなものが付いてたイメージです。


 集合。モハ63改がいっぱい。
 それ位、どこでも見られた電車でした。103系かそれ以上の跳梁跋扈っぷり(笑)。……103系よりは潔く時代に合わせて引退していきましたけども。

 続きます。


 可部線・呉線仕様。
 1985年まで残った、最後まで旅客運用についてた72系でした。末期まで残ったがゆえに側面はアルミサッシ2段窓化。前面はHゴムが入ったり入らなかったり。大規模な車体新造車も混じってましたので、バリエーションはやたら豊富。1両ごとに形状違うような世界。

 塗色はウグイス色1色に、前面に警戒色あり。この警戒色のパターンもやたら個性あったとか。

 側面は普通の2段窓になり、かなりおとなしい感じになっています。
 前面はHゴムを意識されたか、小さめの窓。
 クモハ+クハ+クモハ+クハ 辺りの4両で、全部形状が違うなんて遊びも楽しそうですね。


 私鉄のモハ63。
 モハ63形は戦後 私鉄向けにも割当製造。近鉄(南海併合時代。南海線用)、名鉄(すぐに東武に譲渡)、東武(比較的早く車体新造で姿消す)、小田急そして山陽電車に入線しました。
 なお阪急にも割当されてますが、あのプライド高い阪急は拒否!してます(笑)。
 あと、三井三池にいた客車がモハ63同型だったのは未だに理由がはっきりしませんが。
 これらをしぶとく使い続けたのは南海と小田急、山陽と三池。
 
 山陽電車700形は社内随一の大型車!であったことからも念入りに整備され、最終的には関西私鉄なりの尊厳保つ仕様に。
 窓はすぐに2段化。また燈火類の配置も如何にもな関西顔。

 神戸市内で道路上を走ったりしながらも1968年、神戸高速への直通が始まる頃まで活躍した由です。他の山陽電鉄の電車たちと並べてみたくもなりますね。今も走ってる3000系とは時代も共通するのです。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 一畑電鉄の電車たち。

 今も車籍を有しているデハニ50形。昭和初期1928年の製造。今年で90歳。この時代の電車の生き残りは少なく、貴重な文化財ではあります。

 映画にも登場。また出雲大社前駅など展示の機会も多く今はスター的存在に。動態保存の可能性も模索されていると聞きますが、実現してほしいもの。

 ただ、この車。1970年代-90年代は予備車であり滅多に走行してなかった。走行距離は歳の割には少ない筈? それが逆に寿命を伸ばしたのかもしれません。

 一段落としこみの窓が並んだ側面は横組で。ベストとしか言いようのない表現です。

 前面は角度の緩い3面折妻ですが、平面的解釈になんとか落とし込む。
 0.25ポッチ単位でのずらしをおこなって、角度を付けてます。この微妙な折妻は難しいですね。ガチで角度付けると違和感すごいですし、かと言って平面に割り切っちゃいうと全然似てこない。巧い落とし所だと思います。

 屋根上はパンタ廻りのゴツさがそれっぽい。明らかな補強材が見えてますから。

 台車はDT13の使い回し? しかし、見ようによってはD16のイコライザにも見えてくる。旧型電車用汎用台車として「使える」造形でしょう。
 床下機器は精密。やや濃い目の味付けです。



 同じ流儀での、デハ20形。
 やはり1923-24年製造。1950年代に2ドアクロスシートへの改造を行った車で、1990年代後半まで奇跡のように現役でありました。クロスシートは上半分が木製というものでしたが、座り心地は悪くなかったと記憶しています。
 1990年代に二度一畑を訪問してるのは、このデハ20形目当てでありました。お世辞にも整備良くない線路を結構な速度(最高85km/h。田舎電車としては速い!)で飛ばすものですから、「感動的」な乗り心地ではありましたね。あの頃の自分が日本で一番好きな現役電車として惚れ込んでいた車なのでした。
 明るいクリーム色に青帯、赤い社紋板という姿も上品なお洒落。

 しかし、一畑の旧型車グループはデハ1形とデハニ50形は残った全車が保存されているものの、デハ20形が残っていないのは残念無念。
 
 何時かレゴでも、と思ってましたので先越された悔しさ千万。
 異論反論は作品でみせてやろうと誓うのでした(苦笑)。


 デハ20形。簡略バージョンとのこと。
 側窓を2x2の窓に。前面も2x2窓にしてヒンジでの角度つけ。別解釈のデザインです。問題はデハニ50が作れない(2x2窓のオレンジがないので)ということでしょうか?

 いや、それ以前に。新型の2x2窓では平板な印象は否めません。
 横組みならではの雰囲気が見逃せないものであったこと、非簡略版が物語っておりましょう。なお、全面をこちら。側面を横組みというハイブリットも考えられますが。


 並んだところ。
 ただ、デハ20形は側面アルミサッシではありましたので、平板な感じも案外実車の印象かも知れません。何れにせよ、1両から作れます遊べますからそういう意味では難度は高くない題材ではありましょう。最大4連組めるのも田舎電車にしては魅力です。
 
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2017年02月06日

【作品紹介】yamatai様の国鉄客車群(cad)。スハ43・スニ40・スニ41・マニ37他

 久々に作品を紹介させていただきます。
 CADではありますが、まとまりよく、現実的なプランで、かつ、マニアックでもありますので注目に値します。


 基本となる? 国鉄旧型客車。
 左からスハ43・オハ46・スハフ42・スハ43。
 
 過度に精細にするよりは制作の工数・コストを控えめにしたコンセプトです(これ、拙作と共通する割り切りです!)。
 全長は32ポッチ。旧型客車では問題になるシルヘッダの表現は色差表現。
 青い車体に対して濃青使っていますが、CAD(LDD)で見る分には違和感がない。濃灰系も使えると思ってましたが、濃青も現物テストの価値はありそうですね。

 屋根には6215丸2x3ブロック使用。
 この部品の問題点は新灰はかなり潤沢な供給があるのですが(宣伝:カンザンブリックで取り寄せ出来ます!)、新濃灰が未だ供給がない。旧濃灰はやや高い。
 
 自分は国鉄旧型客車は45度スロープ使用。新旧灰色が比較的低廉に大量入手できますから。ただ6215でも新灰なら先述のよう大量・廉価入手可能ですので(一時期は高かったのです!)、もう好みの問題かもしれません。

 気がかりなのは窓幅。窓幅6プレートに対して窓柱2プレートだと、やや窮屈な印象か? スハ43やオハ35では窓幅1000mm 窓柱450mmだったと思いますので、窓幅6プレ、窓柱3プレがバランスよく思えるのですが如何なものでしょうか?
(シートピッチの狭かったオハ61やその改造車、スロ62だと窓6プレ+窓柱2プレがしっくり来そうです?)


 インテリアも想定されています。窓からシートバックが見えると見栄えしそうです。
 トイレ部分は茶色ブロックで固めていますが、これも窓から見ると仕切り壁に見えることでしょう。
 
 車体色は青で想定されていますが、茶色も混ぜると却ってリアルなのは言うまでもありません。スハ43・スハフ42ならどんな機関車が牽いても様になります。活躍は稚内から鹿児島まで、実制作されたらきっと「役立つ」はずです。



 こちらは荷物車。スニ40形。
 1968年ころから投入された。ロールパレット積の貨車形の車。こんなのが混じっていたのが1970-1980年代前半の急行列車・急行荷物列車でした。懐かしい。

 側面は特殊な部品(供給が不安定な貨車ドア等)を避け、横組にすることでリブのある貨車タイプの側面表現としています。結構リアルかも知れません。特に、他表現では不可能な手すりや表記板のディテール表現が魅力的です。
 また、ドアの位置を考慮して車体からのずらし位置も調整されてますね。なるほど!

 あと、車端部表現。横方向のリブこそ割愛していますが、それを補っているのがバー部品使った雨樋(縦樋)の表現です。この存在感。精細感!
(ただ、使用されてる4095の青が激レア部品で……。現行の63965に青がなく。Φ3mmパイプの青を切断するのが現実的かもしれません)


 同じく荷物車 スニ41形。スニ40に一般荷物室を設けたもの。
 一般荷物室部分のドアの凹表現が印象的です。荷物車のドア、奥まって付いていたんですよね。

 そして、こちらでも車端部の雨樋表現。
 よく見ると順組・横組を複雑に組みあせた構成であることもわかります。車両の性格上、最後尾を締める役割も多いことでしょう。この作り込みは際立つはずです。


 スニ41の反対側。こちらが最後尾でも絵になるはず。あぁ縦樋の部品の問題、巧く解決しないものでしょうか……。


 スニ41のサイド。ドアの作りがよくわかります。
 床下に注目。中梁の魚腹型も表現。ブレーキ系?の配管も。


 こちらは同じく荷物車でもマニ37形。スハ43と同世代の特別二等車スロ50を改造したもの。やはりロールパレット積専用車で、旧型客車改造の荷物車では唯一の青塗装でした。
 先のスハ43とも共通しますが、ドアデッキ廻りの作り込みに注目です。
 ステップ部分がL形パネルで張り出し。この表現は精密ですね。

 荷物ドアは無論、凹み大きめの表現です。

 シルヘッダ及び雨樋の色差表現も成功してるように見受けられます。


 マニ37形のサイドビュウ。優等車改造ゆえ、荷物車といえど堂々たるもの。
 表記類は良いアクセントになりそうです。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 旧型客車の屋根の色。
 そして、パレット荷物車の雨樋……くらいしか制作上での問題も無さそうですね。

 青い旧型客車。1970-1980年代の国鉄を表現できるこのプロジェクトの実現に期待しております。曳くのは青い直流電機でも(EF58! 或いはEF62)、赤い交流電機でも(ED75。ED71も有り!)。またDD51やDE10にDF50。流石に蒸機の時代ではないでしょうが……(末期のC62やC57がぎりぎり合うか?)。

 また別設計が必要になりますが軽量客車の寝台車もできると編成の幅も広くなることでしょう。
 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内の作品紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【作品紹介】名古屋火曜オフに登場! もりりん様の駅舎はスターリンゴチック?

 さて。先にオフ会情報(2017年前半)更新しましたが。

 2月21日の名古屋での「火曜レゴオフ会」に出てくるもりりん様の大物作品です。


 モジュールビルを中心とした町の中に置かれる、中規模駅舎。

 尖塔を乗せた……どことなくスターリンゴチックをイメージさせる、新古典様式の駅舎。優美さ……よりは重厚さ。それでもモダニズムを思えばデコラティヴな姿。装飾に抑制が効いてるのも好ましいです。
 
 モジュールビル32x32の寸法なのですが、数えなおして初めて32x32と気が付きました。それくらい、大ぶりというか大きさを感じさせる造形ですね。
 十分な高さも有りますので、周囲を見下ろし、見栄えもすることでしょう。

 細部を見ると。
 正面の二重アーチが綺麗です。礎石?を意識されたデザイン。時計周辺の装飾も良い感じ。
 左右は対称に見えて、それを微妙に崩してる右手のバルコニーは印象的。ここにミニフィグ並べたりしても楽しそうです。


 裏面より。なんという「ゴツさ」。無論肯定的意味での。
 テクニックパーツを鉄骨に見立てた「実用本位」は、表面とは違った美しさ。

 線路配置は地平と高架の二段になります。名古屋火曜オフでは中心部は高架鉄道設置もあるのですね。

 モジュールビルの中を高架線が走り回るさまは、シカゴのL(高架鉄道)イメージとのこと。ここに似合う車両、考えねばなりますまい。
(ただ、日本の私鉄の旧型車両。アメリカの昔の電車と共通点が多いのですよ?)


 ホーム部分と駅舎を分離したところ。
 それぞれ32x32にモジュール化されています。

 今回は設置の都合で二重高架部分に合わせたものですが、二階の裏側壁面だけを仕上げてあげれば一般の駅舎としても使える仕様です。いや、駅以外の官公庁?などのビルとしても使えそう?

 いわば、ユニバーサルなビルディング。
 このコンセプトからも学べるものありそうです。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 「火曜レゴオフ会 in 名古屋」は2月21日(火)です。
http://twipla.jp/events/240143

 日程・時間的に参加されにくいかもしれませんが、相当に濃厚なものになりそうです。モジュールビルは過去の11棟がすべて登場とか。また、このもりりん様のものとは別に大きな駅舎も別に登場予定とか?

 見逃せない催しです。関山も参加ですので、レポートもお楽しみに。
 
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2017年02月04日

【作品紹介】アイン様の一畑電車3000系。今様ローカル私鉄の魅力伝える。

 一畑電車3000系は南海電鉄21000系を1997年に譲渡を受けたもの。
 一畑電鉄北松江線の主力車両として、20年間活躍してきましたが、先日1月31日に遂に引退したものです。

 そのもととなった南海電鉄21001系は、1958年から1964年に高野線用に製造されたもの。
 高野線山岳地帯の規格に合わせた中型17m級の2ドア車という個性派。長く 難波〜極楽橋迄の大運転(急行)に重用されてきました。
 南海電鉄の地点で車齢33-39年とかなり使い倒されたわけですが、先頭車のみは一畑電鉄(当時)及び、大井川鐵道に譲渡。

 ※:南海線用には大型20m級の11001系(1001系)がおりました。こちらの引退は1972年から1987年と早いものでした……。拙作があります。
http://legotrain.seesaa.net/article/430791637.html


 それから、もう20年が経ってしまった。
 合算して、新しい車でも53年。じつに長生きした電車です。

 アイン様の記事:「レゴ 一畑電車3000系 完成!!」
http://blogs.yahoo.co.jp/ainchan10/40240990.html


 一畑電車としてのカラフルな姿です。導入当時は賛否割れたものですが、今見るとこのカラーリングも独特の華やかさがあるものでしたね。

 苦戦されたと思うのは、湘南スタイルの前面でしょうか。
 後退角はヒンジで綺麗に付いていますが、上半部の傾斜角は割愛されています。ただ、形になってみるとそれほど気になりません。湘南スタイルの傾斜角は未だ決定版の技法が出てこないのですよね。

 一方で、細いピラーと大き目の二枚窓はよく印象を捉えています。
 おでこの青塗りも巧く再現。角型尾灯の半出っ張り表現もらしい表現です。




 側面は横組。南海11001系・21001系はかなり小さな窓が並んだ姿でしたので、横組窓はベストな表現でしょう。26ポッチの全長もまた、17m級の小柄な実車の印象に近い。
 青いドアも良いインパクト。乗務員ドアも青なのですが、ヒンジを組み替えて黄色との混色にしてるところに注目!

 パンタ付き車の方は、撤去された後位パンタの跡。パンタ台も再現してるのが芸コマです。もう一両はランボードを強調表現。


 2両並んで。

 個人的にこのカラーリングが余り好みではなかったのですが(苦笑)。この作品を見て印象も変わりました。これはこれで有りだったなぁと。昨年の夏に出雲市通ったのに一畑訪問しなかったことをやや後悔。それほどに実車の魅力を伝える作品です。
 
 さて。一畑電鉄は1990年代までは山陰地区唯一の電車でした。
 また、長く山陰地区唯一の私鉄でもありました。

 個人的には1989年の最初の訪問時、また1993年の再訪時には健在だった昭和初期製造のデハ1やデハ20が思い出されます。木製のクロスシートに、手動のままのドアに感激したもの(ただ、今も保存車残るデハニ52には乗れませんでしたけども)。

 長年の課題であったデハ20+クハ100+デハニ50……辺り、取り掛かってみたいと思うのでした。
 
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【作品紹介】しょうたいむ様(オリエントP様)の583系、製作中!

 製作途中ではありますが、見逃せない作品です。
 タイミング逸しないうちに、制作過程を紹介いたしましょう。

 しょうたいむ様(オリエントP様)の583系は、先の自由形585系と同じ規格。フルスケール・インテリア完備の7幅で進んでいるプロジェクト。聞く話だとサロ・サシ組み込みの6連だとか?

 凄さは途中写真でも伝わってきます。


 車体が完成したクハネ583。

 しょうたいむ様の制作方法は、LDDでかなり設計を固めてパーツを完全に確保してからの施行とのこと。現物合わせが少ないため、計画が固まってから実制作に入るとペースは早いようです。但し、現場での柔軟な判断も捨てていません。


 側面。


 同じく。車体完成のモハネ582形。
 そのクオリティ、言葉を失います。


 試行錯誤の証。碍子の色の再検討。白が良いか? アズールが良いか?
 ……ライム色は如何でしょうか。ベストは灰緑なのは言うまでもないのですが、あれは希少すぎます……。


 そして、585系同様のインテリアの完備。白い仕切が印象的です。



 インテリア。下段は寝台と座席の変換が可能。
 上段は流石に差替再現ですが。
 なお、作図段階では3段寝台の再現まで検討されたとか……。
 窓框をパネルで彫り込んでミニフィグの腕が入るように工夫されています。実物も肘掛けが壁面に埋め込まれてたこと思い出します。


 デッキ周りもこのクオリティ。消化器まで再現。大柄な7幅ボディは不可能を可能にします。無論、その代償はコストであるのも事実ですが……。
 OJゲージや1番ゲージ的なものを観てる気分ではありますよ! いや博物館の展示品か



 3両目の車体は、サロ581形。白いカバーの掛かったリクライニングシートが並ぶ。


 先の585系電車と。同じクオリティ・スケールであることがわかります。

 近年は8幅作品も多いですから、8幅作品群との共演も楽しみですね。
 
 

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2017年02月01日

改修版追記!【作品紹介】サニー様の583系電車「きたぐに」仕様。もう一歩で大化けする作品!

 実物の引退を前に、レゴトレイン界隈(非常に狭い!)では583系ブーム到来?
 昨年はアイン様作品と拙作がありましたが、今年も2プロジェクトが進行中。その一つが形になりました。
 アイン様作品(24ポッチ 8連)
http://legotrain.seesaa.net/article/440694303.html
 拙作(32ポッチ 4連)
http://legotrain.seesaa.net/article/439231356.html

 最後の1編成6両……秋田車が国鉄色であることもありますが、他作品はすべて「国鉄色」。
 しかし、サニー様作品は二次「きたぐに」塗色です。思えば最後の583系定期運用でしたので、こちらの方が馴染み深い方もおりましょう。
 
 「きたぐに」への583系投入は1985年。当時は国鉄色のまま。
 最初の更新と塗色変更は1992-1993年(これで車内も小奇麗になり、驚いたものです)。二度目の塗色変更は1997年のこと。そのまま2012年の列車廃止を迎えたのでした。
 

 白地に濃いグレーを配した二次「きたぐに」塗色は今思うと、それはそれでシックで格好良いものでした。583系の形状にもよく似合っていたものです。

 サニー様作品はクハネ581+モハネ582+サロ581+クハネ581の4連。
 サロをモロと見立てれば成立しうる、ミニマムな4連です。


 クハネ581形。24ポッチ全長で、トレインプレート上に車体を組んでいます。

 省略のない寝台小窓が良い雰囲気です。583系はこうじゃないと。
 独特のカラーリングも美しい。

 ここばかりが惜しまれるのは前頭部の車体裾で、トレインプレート上に前頭部を乗せているのでややごつい印象になってしまっていること。また、貫通扉や燈火類の位置が全体に高めになってしまい、印象を損ねてる感が。
 この種の半流線型や流線型の頭を作るときは、その分だけ「延長」するのがセオリー(この作品の場合は2ポッチ分)。pabや国内パーツショップで何とかなる範囲での若干のパーツ投入で大きく改良もできそうです。

 あと、もう一つ惜しいのは屋上の冷房装置。
 2x2タイル貼るだけで精密感が出てくることでしょう。


 サロ581形。小窓が並び、グリーン車とひと目で分かる外観です。
 編成のアクセントという意味。また、最後までサロとサロネを付けていた「きたぐに」の再現として欠かせざると。


 編成で。全体に良いまとまりなので、前頭部のみが惜しい……のです!
 特に二挺パンタに低屋根のモハネ582は精密感が伝わってきますから。


 トレインプレートがない3プレート分をそのままフェイスリフトし、その分、運転台窓を45度スロープか、高さ4プレートのカーキャノピーにしたらかなり583らしく?

 一方で、カーブスロープをこの向きに使っているのは、583系や485系300代等の表現としては斬新であり、良い作品の個性になっていると思うのです(アイン様作品や拙作では、やや燈火類が外寄り過ぎるという問題が残っていました)。隙間埋めも組み方次第で不可能では無いでしょうし。

 幾許かの改良で、大化けし得る作品。今後に期待しております。
 
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<2017 2/3追記>

 改修版(1次・2次)が上がってきましたので、追記いたします。


 1次改修後、クハネの全長を2ポッチ延長し、台枠部分の張り出しがなくなる!
 これでスマートになりました。スカートの形状も改修されています。僅かな改修で大きく印象が変わってくるものです。いや、元のポテンシャルが高かったからでもありますが。


 改修後のクハネ581側面
 

 更に2次改修後。
 これが最終稿か? 運転台窓まわりが素直な印象に。また「きたぐに」のヘッドマークも。583系の3本並び、4本並びが楽しみになってきました。
 
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2017年01月31日

【作品紹介】エース君パパ様の、同和鉱業片上鉄道キハ303。全面4枚窓気動車への挑戦(CAD)

 エース君パパ様の片上鉄道(岡山県 1991年廃止)への思い入れ!
 以前も、DD13および客貨車を完成されています。
http://legotrain.seesaa.net/article/438889388.html
 CAD
http://legotrain.seesaa.net/article/444096013.html
 実制作

 その際に気動車も制作される旨のお話伺っておりましたが、その構想も見えてきましたようです。





 同和鉱業片上鉄道キハ300形(302・303)。
 元国鉄キハ04形。更に元の形式は41000形(1932年)

 全面4枚窓の、古典的形状の機械式気動車です。元はガソリン動力だったものが、戦後ディーゼル化されたもの。1980年頃までは私鉄払下げ車が意外と残っていたものでしたが、現役の気動車としては1991年まで残った片上鉄道のものが最後となりました。

 微妙な後退角というか丸みのついた4枚窓の前面は昭和初期の気動車によく見られてものですが、レゴトレイン界隈でその表現に挑戦した作品はなかったと思われます。微妙な角度つけ、どう考えても難しそうですから! 無論、平面に割り切っちゃったら元も子もありません。

 丸みのほうは3x3のラウンドプレートで処理。そのままだとキハ41000系にしては丸すぎですので、そこに窓や前面下部の1x4系カーブスロープで形状整える。

 結果として、戦前気動車の4枚窓が再現できちゃっています。
 片上鉄道ではヘッドライトの窓下2灯化を行っており、これは好みの分かれるものでしたが、この作品では前面のアクセントとして成功しています。

 さて、前面だけでなく側面もみどころ。
 気動車の小さな二段窓が並んだ側面。尋常の横組み表現ではなく、2x2タイルのピラーに、1x2タイルの窓ガラスを組み合わせたものになっています。

 強度面、構造面で成立するかどうかは未知数? しかし、現物で実現したら相当なインパクトになることでしょう。微妙に凹んだ窓というのはあり得なかった表現ですから。
(無論、インテリアは論外。動力化にも支障をきたす表現でもあります。後者は9V化であったり、或いは客車列車の増結車という使い方でも逃れえる問題ですが)

 更には、台車も。
 1950年代までの気動車の多くはバーフレームの華奢な台車を履いてた。通常のトレイン車輪ですとどうしてもゴツくなってしまいます。ここを敢えてテクニック軸車輪に。大胆な発想ではありますが、レンダリング版画像見る限り、なかなか似合ってはいないでしょうか?
 理想を申せば、何らかの「バー」を組みわせた装飾台車枠があると更に? でも戦前気動車らしい華奢さの表現が大事であること、教えてくれてます。
 
 国鉄気動車色+白帯のカラーリングも美しい。
 このカラーリングでの前面2枚窓の自社発注車キハ310形。或いはキハ42000系払下げのキハ700形という展開も有りえましょうか。

 また、キハ41000系自体が全国で。また払下げ車が多くの私鉄で活躍した車です(客車化されたり。電車の付随車になったりも)
 バリエーション展開の楽しさも有りなのです。
 
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【作品紹介】エース君のJR四国5000系電車。ボリューミーでかつ、スマート。

 2003年に導入された「マリンライナー」の二代目です。
 JR四国の5000系電車3両+JR西日本の223系 5000代2〜4両の混結で運行されている由。とはいえ、5100形のグリーン普通合造車以外は223系の亜種ですが。また5100形はJR東日本の流儀の車でもあり、首都圏以外では珍しい存在。
 東と西の電車がJR四国の電車になっていると言えばよいのか? この辺の合理性?は案外「国鉄的」なのかもしれません。


 5100形先頭に。
 2階建て車で先頭車になると前面形状も難しいものですが、大胆かつダイナミックに処理したものです。また先代のクロ212形の柔和な顔つきに対して、5100形のアグレッシヴさも対照的なもの。

 エース君作品、「後退角の二枚窓」にこだわり、巧く角度つけて前面形状を捉えておりましょう(薬師山氏の流儀で)。シャープな感じが伝わってきます。
 おでこ部分も微妙に凹んだ位置にあり、実車の微妙な傾斜の表現にもなっています。
(あの傾斜、かなり無理しないと再現し得ないものなので、大胆に割り切ったのは寧ろ正解でしょう)

 ヘッドライトは複雑な形状のものですが、1x2横長に解釈したのもあり。実車の癖の強さが抑えられているかもしれません。


 側面はカラフルなラインが美しい。ダークブルーと良い対比です。

 ダブルデッキ部分の側窓もスッキリ仕上がっている印象。階上部のカーブウインドウはいろいろな方法が行われてきた部分ですが、素直に45度クリアスロープ使うのも正解に思えます。窓サイズが過大じゃないのも、全体のバランス面で好ましい。

 ダブルデッカーは得てして過度にボリューム感が出すぎてしまうのですが、この作品ではスマートさも感じられるのです。階下部分の車体裾を45度逆スロープなどで絞り込んであげたら更にスマートに見えてくるかも?

 なんであれ、この5100形はエース君作品のクオリティアップ作でもあります。
 側ドアの微妙な凹みも効果的です。


 普通車5200形・5300形。こちらは何時もの223系?
 
 いやしかし。
 あの世代のステンレス車は新濃灰車体の解釈が多かったのですが、本作では新灰ベースに。車体裾が新濃灰ですのでメリハリが付いています。実車も車体裾にはリブがありますので色差表現はありと。

 理想を申せば即ドアの凹み。凹みは無理でも沓摺表現があると化けてきそうです。

 前面は223系+貫通扉。北陸の521系にも共通しますが個人的には好みの顔です。
 平面キャノピー+貫通扉の表現もベストなものでしょう。

 前面下部のポチスロ逆転による絞込も大事な表現です。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 5100形前面の小改良版。
 ポチスロに依る前面窓の「隙間埋め」を行っているようです。

 個人的には改良前の方が好みです。「隙間」もセンターピラーの代わりとしての、視覚的効果がありますから。また、窓ガラスでのパーツ分割はできれば最小限でお願いしたいなとも。すっきり感と鋭角感がスポイルされてしまってる?
 
 とはいえ、試行錯誤は大事です。
 試さずに駄目と思うよりは、こうして形にして見る意義は大きいのです。
 
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2017年01月29日

【作品紹介】g@ひたひた様のモハ63 七変化?(CAD) クモヤ90・クモハユ74・クモヤ740…

 最近は「実制作作品」優先ではありますが、これはLDDとはいえ見逃せませんので。

 モハ63形は戦時中の1944年から製造された量産・戦時型の国鉄電車。
 戦後は改修されてモハ72形(クモハ73 モハ72 クハ79 サハ78)へ。首都圏・関西圏の他、後世の103系のように地方転用もされました。如何にもな角型3段窓のモハ63のスタイルを残すものもあれば、プレ101系とも言える近代的な全金属車。更には103系の車体を載せた更新車まで。それらが混成されて使われてた由。

 1980年に首都圏から引退(最後は横浜線や南武線、鶴見線)。
 1985年に完全引退。

 しかし、事業用車に転用されたものはJR引き継ぎもあり。1990年代まで活躍を続けました。


 最初に作図されたのはこのクモヤ90形です。モハ72(中間電動車)を両端に運転台設けて牽引車(入換や回送用の、汎用動力車)に改造したもの。

 物資が限られる中で大型のガラスを避けることと、通風面で採用の3段窓。
 ただ、1x2のプレートは実際に使ってみると若干の膨張効果がありますゆえ、LDDでの印象よりは窓面積は広く見えましょうが。

 窓数、扉間でマイナス1個ですが、そこは違和感なし。
 全長40ポッチに巧く4ドアを配置してるのもポイントが高いのです。

 前面は最低限のコスト(実物の話です)で運転台を設けたため、平面に貫通ドアのみの非常に無愛想なもの(でも、それがまた味!)。うまく雰囲気が出ておりましょう。
 注目はグローブ型ベンチレータ。穴空きΦ2タイルという部品を使い、曲面タイルを上面に。リアルな印象になっています。この手法だけでも「盗みたく」なります。
 
 クモヤ90形は旧型国電よりも、新性能電車のお伴をすることが多かった。
 この茶色の電車が、カラフルな国電群。はたまた湘南色やスカ色、或いは特急色の電車に連結され、引っ張ったり推されたり、挟まれたりして運用される姿は多々記録されています。
 また、ほぼ同形のクモヤ91形もあり、こちらは交直両用電車とも連結できるものでした。485系や583系のお伴も務まっていたのです
 何れも、なかなかインパクトある姿でした。1999年に全廃。


 続いて作図されたのが、原型のモハ63形(クモハ73形)

 最初からの運転台付車両です。屋根カーブを変えることで大きく印象も変わってくるものです。平面な実用本意な平面顔・切妻顔・食パン顔というのもモハ63が創始ですから、この雰囲気は適切でしょう。

 惜しいのは「貫通扉」が残っていること。モハ63(クモハ73)は例外なく前面は非貫通でした。南海電鉄・山陽電鉄割当車は前面貫通型に後日改造されておりましたが。

 如何にもな戦時型なスタイルのこの車両。首都圏には割と固まって残ってたもの。それも茶色のままで。
 1979年の正月と8月に横浜線乗った時はこの電車が来て驚いたものです。当時は阪急や東急でも戦前生まれのツリカケ電車はごろごろ走ってた時代。しかし大手私鉄の旧型電車はそこそこ小奇麗に整備されてて意外と古臭くはなかったのですよ。
 でも、モハ72は……古いままだったのでした。
 
 3-4両で編成組ませると、1970年代の空気が再現できちゃいそうです。


 続いて。
 珍車 クモハユ74形。1969年に3両が改造された普通車・郵便車の合造車。
 クモヤ90同様に両端に運転台を新設するも、併結される113系に合わせてか窓下ライトで高運転台。郵便仕分け棚部分は窓埋め。色も113系に合わせて、スカ色。但し、何故か113系湘南色に合わせた塗り分けであり、スカ色の113系とも塗分線が揃わなかったのです。モハ72の一部にあったスカ色車(中央東線や御殿場線)とも印象が全く異なる。

 こんなゲテモノ、1978年まで113系や後述の荷物電車・郵便荷物電車に混じって房総方面で活躍してました。普通客室は持つものの事実上荷物室代用。客を乗せることはなかったと言われています。
(併結相手が113系では凄い落差ですよね……)

 なお、72系電車自体は車体載せ替えでの荷物電車(クモニ83)・郵便荷物電車(クモユニ74 クモユニ82)への改造が多々行われていますが、完全に別車体で原型はありませんでした。

 閑話休題。この車を観ると、113系スカ色が欲しくなってしまう(笑)。


 更に。クモヤ740形。

 旧型国電を改造した交流事業用車(試作車・試験車・牽引車)は意外と多かったもの。車体を載せ替えたものは少数で、多くは旧型国電の車体ごと転用したものでした。こうしてみると、新性能電車の定義も曖昧ですよね。
(買収国電で「新性能電車」に二段階出世した車さえ)

 クモヤ740形は1969年に改造。交流区間の電車区に配置された、交流の牽引車。但し自走は低速に限られ、本線での高速運転時は制御車代用になるというもの。
 相方は交直両用電車の多く。或いはJR化後の交流専用電車とも。九州に居たものが2008年に最終廃車されていますから(……最後のモハ63の廃車でもあり)、485系や475系などはともかく、その辺を置換えていった水戸岡デザインの特急形や近郊型とさえ共存してたことになります。これはちょっと驚き!
 
 前面はクモハユ74同様の高運転台。
 屋根は全面作り直しで低屋根化。そして屋上に交流機器搭載。モデルでもツルツル屋根化と僅かに1個のみのベンチレータが特徴的。

 車内にも交流機器を搭載しているため、一部窓埋め・ルーバー化が行われています。

 なお、クモハユ74から床下も作図されていますね。
 自然通風の抵抗器。DT13系の台車。如何にもな旧型国電らしさなのです。
 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 先にも触れましたが、モハ72系は旅客用としても、カラーバリエーションや形状バリエーションは豊富な形式でした。クハ79やサハ78の中にはそれよりも古いタイプの電車を4ドア化編入したものも居りましたし。103系車体を乗せたものには茶色に塗られたものもあり、茶色の103系という衝撃を残してくれてたのでした。

 交流電車・交直両用電車への改造車も個性豊かなものたち。クモヤ740は寧ろおとなしい方だったのですよ(笑)。

 また、戦後すぐの私鉄への割当車も忘れてはなりません。南海・山陽がかなり愛用してた由。東武では割とあっさり車体載せ替えてしまいましたが。名鉄にも極短期間。

 旅客用としては最低2両で済み、事業用車なら1両で遊べます。
 実制作、大いに期待しております。

 また、この題材自体が見直されるきっかけになればと思うのでした。
 
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2017年01月24日

【作品紹介】エース君の近鉄宇治山田駅 日本一美しい高架駅

 高架上にある駅……というと、どうしても戦後の実用本位のモダニズム系のものがイメージされがち。実は戦前の高架駅も意外と少なくはないのですが、やはり、多くは装飾性の少ないものでしょうか。

 しかし。明確な例外があります。それも現役の駅舎で。

 近鉄……参宮急行の嘗ての終点。宇治山田駅。伊勢への玄関口。
 1931年に参宮急行の全通とともに開業。壮麗な規模でもって、上本町からの急行電車を迎え入れたのでした。
 1969年の鳥羽線開業で中間駅化しますが、大きく姿は変えず。

 現在もなお、開業当時の面影をのこす。あの2200系や10000系が出入りしていたホームに、今は23000系や50000系がやってくる。
 近鉄の歴史を象徴する駅でもあります。


 実物はかなり大きなもの。全幅120m以上(20m級で6両編成相当)。
 但し、エース君作品は60ポッチ(約2両分相当)に巧く要約しています。鉄道建築はどうしても非現実的な大規模になってしまうため、こうしたショートスケール化は肝要。

 そして、バランス良く成功しておりましょう。

 1階がコンコース。
 2階がプラットフォーム。白枠の窓から電車がちらりちらりと。

 向かって右手には火の見櫓を兼ねていたという塔屋。
 
 なにより、パーツの制約も大きいでしょうに、よくぞここまで作り上げられたものです。


 正面のアップ。
 デコラティヴな建物です。装飾も巧く再現されておりましょう。
 アーチと柱、その上の装飾部がきれいなリズム感。
 電灯の傘に、ミクセルの目玉使っているのはユニークです。レトロな照明に見えますよね。
 柵の効果も大変に大きなもの。これがあると雰囲気が締まって見えます。


 別角度より。
 飽くまで正面の再現がメインです。その意味では現実的規模?

 実際に高架上にレールを繋いでしまうと、側面や裏面が割愛されているのは気にもならないことでしょう。


 ホームをみる。構内配線は省略なし。左から1番線で右端が4番線。
 3番線が鳥羽賢島方面。4番線が大阪・名古屋方面乗り場。


 逆側からより。一番左が4番線。右手の行き止まり線が1・2番線。
 1・2番線は折り返し列車発着用。4本も電車並ぶとホーム部分もまた壮麗に。


 1・2番線。ホーム屋根や、柵。
 普段は作品……電車の飾り場所としても機能するわけですね。

 思わず、ここに拙作の2200系や10000系、10100系を飾って見たくなりました!
 また、mazta-k氏の50000系もここで拝んでみたいもの。
 普通から特急まで。1930年代から2010年代まで。あらゆる近鉄の車両がここでは名役者になることでしょう。


 この作品。無論、色々と割り切っている部分。省略されている部分もあります。

 しかし。
 この種の建築の再現では、細かいことにコダワリだすと永遠に完成どころか、着手さえ出来ません。センスよく、切り取り、縮め、「現実化」……「具現化」する。それこそが唯一の勝利!

 大きく割切ながらも、まず手を動かし「不可能を可能にしてしまった」この中学生の作品が教えてくれるものは大きいのですね。
 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内の作品紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする