実は1960年代からカラーで撮りだしてる方は増えているはずなのですが、当時の雑誌(……鉄道ピクトリアルと、ようやく創刊された頃の鉄道ファン)ではカラーなんてごく僅か、表紙と巻頭1ページのみ。
新車グラフと精々人気あの有りそうな国鉄や大手私鉄などでいっぱいいっぱい。
地方私鉄のカラー写真は、多くは撮影者の下で眠りつづけるしかなかったのでした。

さて。
茨城交通の鉄道線。今も残る湊線の他茨城線など数線。
ここの気動車やら付随客車は1964年ころから1970年ころまで、それはもう、鮮やかな色に塗られていたのですが、それが広く知られるようになったのもまた近年のようです。
(更に余計なこと申せば。モノクロ写真などでの記事や出版物でも、色への記述を避けていたものが多かったですよね。色は伝えるのが難しいといえど、これは古人の怠慢と言わざるを得ないのです……)
それはさておき。

ジョージレモン様の作品です。
お馴染みキハ41000払い下げのケハ45と。
ちょっと変わったキハ41000系?のケハ502組合せです。

まず、ケハ45から。
平凡な?キハ41000ですが、ここの塗色は鮮烈ですね。
ダークターコイズとサンドグリーンのツートンカラー。そこに白帯。
いずれも「昔の、彩度が低かった時代のペンキの色」なのでありますが。

キハ41000としての造形は熟れておりますね。ローカルな古典気動車の味が十分に。
車体は腰板と、窓と、幕板のバランスも良好です。シルヘッダ表現もこの塗り分けなら寧ろ不要でありましょう。
床下。エンジン表現が良い感じです。

後退角と4枚窓。これもベターな定番表現になりましたね。
前照灯が最近のアイディア。円錐台33492を用いて、「φ1では小さすぎ、φ2では大きすぎ」の問題を解消しているのですね。

色こそ個性的ですが、整ったモデルであります。

そしてこちらがケハ502形。キハ42000前面のキハ41000として有名な?車でありますね。

五日市鉄道キハ500がルーツで、1936年に2両が作られたもの。当線の買収・電化後は1両が東野鉄道に、もう一両が茨城交通に流れてきました。
この良いとこ取り、キハ41000の亜種として巧くいったように思えるんですよね。好きです。

レゴ的にはこちらが動力車ですね。PFをきれいに隠しております。

キハ41000スタイルなのですが、上下方向の寸法取りが違います。
窓の位置が高めの解釈なのでやや鈍重な感じが残念……?
一方で、屋根はツルツルの感じでスマートです。

これでも流線型! としてのプライド感はありましょう。
個性が楽しい車でありますよね。
なお、茨城線には本物のキハ42000もおりましたから、この3両が並んだら珍風景であったことでしょう。
当然、両者が連結された情景も。

こんな気動車の走ってた茨城、素敵だったことでしょう。
茨城線は結構市街地走っていたのですが維持できずに1971年廃線。
一部の車両は湊線に転じましたが、そこでも北海道の炭鉱私鉄から良質な中古車がどかどかと入ってくる。元ガソリンカーたちの行き場はありませんでした。
湊線では塗り分けも一転して、シックな羽幌炭鉱色(濃赤に白帯)と変わります。ケハ45は羽幌炭鉱色の写真も見つかりますね。
その湊線も、何度か塗色やら車両の入れ代わりがあり……。
しかし、今も営業を続けていることは嬉しいことであります。今の気動車にこの色塗っても面白いかもしれません?
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余談追記。
この塗り分けになったオハ31が、湊線に居たと知って驚愕してます。オハフ70形。1962に譲渡
http://fanblogs.jp/dokomodoor/archive/39/0
http://c5557.kiteki.jp/html/ibakou1970-2.htm
さらに。東武の電車形客車のナハニフ20というのも……。
http://www.freightcar.jp/9999_photo/9999_5233.htm
いろいろ。想像絶する世界だったようです?


