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2019年09月18日

【鉄道作品日本形】クニの「媛」が帝国の「姫」に。奈良電1200形から近鉄680系。


 関山の好きな電車の一つです。


 嘗て奈良電鉄という、小さなクニがあり。
 そこに居た5人の媛が1200形と同形状の1350形たちでした。

 然し、クニは大きな帝国……近畿日本鉄道に吸収されてしまいます。1963年のこと。
 5人の媛たちは、帝国の姫――特急車――として格上げされることになりました。これが680系及び683系です。

 こうして生まれ変わった奈良電鉄線すなわち近鉄京都線での特急は好評であり、彼女らは極めて多忙に(暇職のはずの683系さえ)。ゆえに後継の18000系・18200系・18400系が次々に生まれてゆきます。
(旧型車の機器流用の18000系はともかく、18200/18400は本物の「姫」でありました)
 その中で、格上げの「姫」であった680系も1974年迄仕え尽くしたのでした。

 その後は志摩線に転じ、特急車としての装備のまま普通列車として余生を送りました。退役は1987年です。

 
 さて。多くの場合、吸収や買収などでの継子扱いになる車両は冷や飯食わされるものなのですが(買収国電の多くがそうでありましたね)、優等車への格上げは極めて珍しい事例でしょう。
 この種の車両は伊那電気鉄道のサハニフ400形が、買収国電唯一の「新性能電車」クヤ490形→クハ491形に出世した事例も思い出されるところ。買収国電唯一の交直両用電車(日本初の交直両用電車!)でもありました。



 閑話休題。

 奈良電気鉄道 デハボ1200形は1954年に2両が、デハボ1350形は1957年に3両製造されています。
 前者は足回りも新品。カルダン駆動の高性能車でしたが、後者は旧型の更新車で吊り掛け駆動に戻ってしまいました。まぁ当時の大手私鉄でも京王や南海に京阪に阪急あたりでも高性能車揃えられず、吊り掛けの偽新車も併用するってことは行われておりましたけども。

 両運転台の18m車。窓はいわゆるバス窓。車体は軽量構造。
 当時の最新鋭車ではあったのです。製造は阪急系のナニワ工機(現 アルナ車両)ですが、台車は近畿車輛製のシュリーレン台車と、なにやら先を見越したような装備でした。
  
 車内は固定クロスシート。ピッチは1500mmですから当時の標準的なものでしょうか。それでも京都〜奈良間のクロスシートの特急。それも料金不要というのは歓迎されたことでしょう。

 なお、デハボ1200形の相方はクハボ600形。こちらは転換クロスシート装備でしたが戦前生まれのやや古臭い車両で不揃い。
 一方、デハボ1350は同形車2両で走ることが多かったようです。


 レゴ作品的には、特に奇を衒わず。です。
 ディテールの差異は出せませんので、1200形としても1350形としても見立ては出来ます。

 先に後述の680系造ってますので、窓配置とか改造車として矛盾が出ないようにしていますが。
 前面は内部で保持した3面折妻です。ホロで貫通扉造形をごまかせるのでそこは少しばかり楽です。
 
 まだシルヘッダーのある車体なのですが、タイルのみのあっさり表現に留めています。色差表現や影表現まで行うと大仰ですから。


 今回は時間不足でデハボ1200形単独ですが、相方のクハボ600も遠からず増結したいところです。

 それにしても、濃緑とクリームのツートンカラーって良いものです。
 奈良電に限らず、戦前の関西近隣の私鉄には見られた色でした。南海の高野線特急やら、三重交通やら。



 そして。近鉄680系。

 1964年に奈良電1200・1350形を改造したものです。高性能車のデハボ1200形は足回りもそのまま使いモ680形に、更新車のデハボ1350形は制御車化ク580形になっています。2両固定編成が2本です。

 余ったクハボ650形2両とデハボ1350形は纏めて683系とされ、3両固定編成の特急予備車となりました。

 改造は片運転台化のほか、冷房化、窓の固定化、張り上げ屋根化。座席も転換クロスに。標識灯も近鉄スタイルに交換。
 限りなく他の特急車(10400系など)同等の水準へのグレードアップを行おうとしておりました。
 然し、1灯の前照灯、構造上残ってしまうシルヘッダー、ドア配置や大きさなど「お里が知れる」部分も残ってしまう。そこもまた電車ファン的には魅力なのですよ。


 モ680形。

 バス窓を切り上げてしまった、大きな固定窓は特徴的なものでした。
 ここは2x2のパネルを順組しようとしたら、1x1ブロックのぶっとい窓柱に違和感がすごかったので、横組にして上辺に1プレート分足しています。これで窓柱細く、大窓感が出せました。

 張り上げ屋根は美しく。
 残存していたシルヘッダーはやはり、タイル側面による薄味表現です。


 前面はやはり3面折妻です。
 特急マーク、ややゴツく出っ張ってるんですが、写真で見る印象もやはりゴツいのです? 以前造った10100系と同じ作りです。

 角型標識灯は内側に寄せてます。これで少しは車体幅をスレンダーに見せる効果が期待できるのですよ。限界拡幅前の京都線電車はかなりの幅狭でしたから。

 連結器は今回思い「切って」、バッファ一体の現行品のバッファ部分切断をおこなってしまいました。あの部品微妙に硬いのでカッターじゃ切断無理。ニッパーで豪快に切り、カッターは仕上げ用でありますね。今後多用しそうです。


 ク580形。制御車にもパンタグラフ持たせてた由。


 パンタは後ろよりなので、ややおとなしく見える顔です。

 なお、写真ではわかりにくいですが運転台撤去となる連結面も、3面折妻の丸み表現行ってます。萌える所じゃないですか!


 2両編成で。京都線系統ではずっと後世まで2両編成の特急も見られました。
(昔の特急、2両でもおしぼり配りにきて、車内販売も乗ってたり。特急らしさは十分だったのです)

 680系は稀に(特急車時代末期?)4連も組んだようですが、写真を見たことがありません。18400系などとも併用されてたはずですが、流石にサービス格差も大きかったでしょうね。18400系の最終増備車に置換えられる形で、姫の冠をおろして志摩に下ったのでした。


 あり得なかったはずの、奈良電原型と、近鉄時代の並びです。

 華麗なるBefore/Afterでありますね。
 なお、奈良電から近鉄への過渡期には、近鉄マルーンに銀色帯という、800/820系同様の塗色になってたこともあったとか。僅か1-2年の姿ですが。

 また、一般車格下げ後は近鉄マルーン1色です。あれはあれで品の良いものでした。


 近鉄900形(エース様作)と。


 900形が原型で旧塗装ですから、小気味よく時代のあう並びです。縁のあった宇治の地で叶いました。




 1200形も加えて。

 ここにマルーン銀帯の800/820系辺りも並べてみたくなリます。
 或いは、ギリギリ残っていた木造車モ200形(大軌デボ1形!)辺りもありかも? 電動貨車だって居た時代でした。

 いろいろ試してみたくなりますよね。
(一方、683系……。ネタとしては面白いのですが、一寸肩がこりますかも)
 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | 鉄道作品(日本形) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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