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2019年09月04日

【作品紹介】アイン様の小田急5000形電車。ほどよき、郷愁。ほどよき、日常。

先方の記事
https://ameblo.jp/ainchan2019/entry-12508772997.html
(完成)
https://ameblo.jp/ainchan2019/entry-12509986377.html
(並び写真など 小田急中心)
https://ameblo.jp/ainchan2019/entry-12511155047.html
(並び写真など 他社車両と)
https://ameblo.jp/ainchan2019/entry-12518669922.html?frm=theme
(日常シーンです)

 小田急5000形電車は1969年から1977年迄製造された小田急の通勤形電車。2600形の流れをくむものでしたが、8両編成化を意識して4両固定編成となっています。これを2つ繋げて本線急行8連、という目論見でした。

 車体形状はいかにもな小田急通勤車なのですが、クリーム地に青帯というお馴染みの小田急カラーが初めて導入された形式でもあります。爽やかな小田急色は旧型車両(1900形や1700、1800形等)にも波及。
 また、1971年からの製造車は冷房付きに。小田急通勤車の質的向上を担った形式でもあったのでした。
 1978年からは下降窓、6両固定の5200形に移行しています。こちらも5000形の仲間と扱われることがあります。

 この5000形も2006年から退役が始まり、2012年に全車が引退しました。
 
 なお、2019年から導入される新型車両が5000形を襲名しています。幅広車体での快適性を追求した車両であり、質的向上の5000の名を継ぐのに相応しいといえそうです。



 先頭車の試作。下記の決定稿とは前照灯の位置が違います。
 小田急は前照灯が高めについてますものね。
(なお、これ常時は「片方のみ点灯」でありました。もしライティングするなら片方のみ光らせるのが面白そうです)

 いわゆる小田急顔は平面への割り切りですが、違和感は少ないです。シンプルと言うかすっきりというか、清潔清楚な印象が伝わってきます。

 窓上には種別幕と車番表示。
 屋根肩のポチスロ処理も小田急にはピッタリ。
 
 切り欠きの大きなスカートも小田急らしいですね。
 

 完成バージョンです。やはり前照灯位置あげたのがらしいですね。

 側面は4ドア再現しています。全長26ポッチの中でうまく割付。3ドアに割切れば戸袋窓も表現できるかもしれず、ここは難しい選択になりそうです。

 小田急というと。
 小田急通勤車の地色は「タンか白か」という論争がありましたが(笑)、やっぱり白が自分の印象記憶に近いんですよねぇ。青帯も普通の青で有りましょう。
(とはいえ最近の8000形の調色はクリーム濃いめ、青帯薄めな気がしますけども)


 実物同様、4コテです。関東の通勤車はやはり4連は欲しくなりますよね。


 中間車は2両ともパンタ付き。パンタの外側のクーラーの頑張ってる感。今思うと懐かしい電車です。
 なお、側窓を1段にした5200形へのアレンジも平易にできそうですよね? 顔を変えたら8000形でしょうか?


 本線デビュウ。


 大きな駅……。相模大野あたりに入線か? 都会的情景が似合います。


 特急退避。
 小田急の日常でありますね。ちょっぴり長閑な日常。
(ところで特急車は3000形SSEです。こちらも追って記事にします)






 これをやりたかった、とのこと。特急車3000形SE車との並びです。
 5000形登場時は既にSSEへの更新改造済でありましたので、幻のシーンではありますが、あっても不思議ではないのですよ。


 踏切渡る。複々線化で随分踏切の減った小田急ですが、5000形時代はまだまだ沢山ありました。

 新宿の踏切がまだ踏切番居た頃が思い出されます。あそこはなかなか自動化が出来ず、有人操作で捌いてたんですよ。


 時代下ってEXEとの並び。これは90年代後半の日常でありましたね。
 5000形は既に本線急行の一線退き、各停や江ノ島線のイメージが強かったころでもあります。


 先方のコメントでは多摩線の各停と多摩急行……とありました。世代違うなぁ(笑)。
 自分の印象では営団6000系が本厚木行準急で、5000形が本線各停ですよ。住んでいた街が準急のみ停車でありましたので、6000系の準急は愛用してたものでした。


 厚木の辺で観られた並びですね。相鉄8000系と。
 相鉄8000系は健在ですが、然し塗装変更でこの姿ではありません。懐かしい光景です。


 同じ時代の電車、東武300系(1800系)と。

 作者の良い意味での個性というか特徴が顕れ、均整とれた小気味よい並びになってます。尤も、東武の通勤車も8000系の新塗装だと小田急っぽくなりますけども(あれはあれで造ってみたい感じが)


 小田急でも5000形の全盛期にはまだ貨物列車が走っておりました。小田原方で運行されていましたが1984年に廃止。意外と共存した期間、長かったのです。


 JR東海の103系との並び。御殿場線に103系が導入されてたら新松田あたりであったかなかったか……の並びでしょうか。不思議と違和感がありません。

 103系の量産時期と5000形の製造時期がかなり被っているのもあるでしょう。共通点も多く、また相違点も多い電車でした(……小田急のほうが上等な電車でしたね)。


 小田急に関しては特急車のほうが作られる傾向で、通勤車は手薄な傾向が続いています。この作品はその意味で貴重なものですね。やはり相互補完は必要なのです。

 自分も小田急通勤車考えたくなります。
 思いっきり古いのか(1700や1800、1900)、ちょっと古いのか(2200とか2400)、或いは最近のか(5200。なんとなく好き)迷うところでは有りますけども。ただ作るなら爽やかな小田急通勤車色にしたいところです。
 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | 国内の作品紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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