ほぼ共通仕様であった1B車軸配置のタンク機関車で、無論客貨両用です。
しかし、2両が輸入された190形はそれはそれは珍奇な機関車であったのでした。
何故か大きく吊り下げられたサイドタンクは(容量大きくしたかったのか、そして重心低くしたかったのか?)動輪を覆い尽くさんとするばかり。これでは点検整備もやりにくかったことでしょう。
ほぼ吹きさらしのキャブは……まぁ当時の機関車はこんなものでしたが。東南アジア向けだから……というよりは英国では長らくふきっさらしのキャブが当たり前でしたから、その流れなのでしょうね。
で、それ以上に珍奇なのは炭水車ならぬブレーキ車を用意していたこと。
このブレーキ車は2両の190形に対して1両のみ。一説には双合機関車の如く、背中わせにつなげた3両1ユニットの機関車……とも言われておりましたが、創業時の鉄道にその必然性もあるわけがなく。謎です。
こんなキワモノ押し付けたのは何処のインチキメーカーだ? と思いきや天下のダブス。後に1BIタンク機群(220や400など)やら、4-4-0テンダの6270。そして沢山のB6などの名機を日本に送り込んでるので、「気の迷い」であったのでしょうか?
そんなわけで、ゲテモノな見栄えの割に、機関車としての成績は良かった模様!
1872年のデビウからまもなくブレーキ車の連結はやめたようですが、その特異なスタイルは1897年までの25年ほど見られたようです。
流石に1895年と1897年にほぼ通常の1Bタンク機への大改造が行われ、至極大人しいスタイル(120形類似の)になっています。1911年に廃車払い下げ。払い下げ先で1927年廃車。……流石に保存話はなかったようです。

これも一種の「8幅ラージスケール」ということになるのでしょうか。動輪径基準に車体サイズ求めたという感じで、全体のバランスはなかなかに良好といえましょう。
特徴的にすぎるフォルムは完璧に再現です。キャブ前端にアーチ分が欲しいと思うのですが、それは後日改良まちでありましょうか。
それにしてもサイドタンクのインパクトが凄いですね。
なお、このタンクの大きさゆえにサイドロッド・メインロッドの省略が可能になっています。スペース的にはどっちかだけでもことは出来るかも知れませんが。
PUユニットがブレーキバンの方に搭載。
機関車の動輪を、トレインモータ直挿しで駆動してるようです。これ、PUだと実用になるのですよ。

なんとも不思議なサイドビュウですね。
これはこれで格好良いなぁと思えてしまうのです。6x4プレート表面によるリベット表現が良い味を出しています。尤も、英国製機関車では枕頭鋲仕上げのことも多いので、リベットよりは平滑仕上げのほうがらしく見える可能性はあります。

10幅の客車牽いて。つまり、ぬい列車(ぬいぐるみ搭載列車)の牽引が想定用途でしょうか? 「ぬいハチ」さんとか載せて走ると程よいバランスになりそうですね。
未だ荒削りな場所はありますけども、ディテールの強化で更に化けてきそうな気がする作品です。何より、この特異な題材を選ばれたところが嬉しいのですね……!
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関連して、9850様の作品も。


自由形の操重車です。

如何にも、製品でありそうな現代的雰囲気。
操重車は過去のものと言うなかれ。JR東日本の保守用の機材には嘗ての操重車的なものが幾つかあります。軌道上のクレーンの需要は未だ残っているのです。

アウトリガも展開します。

無蓋車への積込み。

こうした車両。回送状態も様になるものですね。