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2018年12月27日

【雑談】雑談的ツイート貼り付け「青函トンネル不在仮説」「日本国有鉄道2018」「国鉄荷物輸送の廃止」

 備忘録として。
 いつか同じこと書きそうな気がするので それを防ぐためです。



 一部の人が言うほどユートピアでもなく、一部の人が言うほどのディストピアでもないでしょうと。役所とかだって1980年代以前と、今とではずいぶん接客部門の印象とか変わってることは考慮する必要はありましょうね。なので、1970年代以前の国鉄のネガティブな印象は引きずらなかったとは思うのですが。
(国鉄は職員の態度がひどいやストばっか、ですが。あの時代は私鉄でも酷い職員多かったし、また私鉄だってスト乱発してたことは忘れちゃいけません)

 ただ、分割民営が夜行列車やローカル線の廃止整理を却って「引き伸ばした」可能性はあります。

 個人的に嫌いな豪華すぎる観光列車の類は、国鉄だとやりにくかったでしょうね。カシオペアくらいは実現してたでしょうが。ここだけは国鉄が良かったかもなぁと。
(A寝台以上、グリーン車以上を造らないのが日本国有鉄道の襟持ではありました)



 青函トンネル不在仮説は気になってるものです。
 北海道新幹線が計画された地点で、青函トンネルも普通に考えたら整備はされそうですが。しかし莫大な予算ががが。



 青函航路(民間)の高速化は、青函トンネル開通後にいろいろ模索されてましたね。
 ただ、高速艇のゆにこん初代、高速フェリーのゆにこんII、少し時代離れてのナッチャン姉妹。どれ一つも成功してないのです。死屍累々。

 この航路は「遅くても安い」青函フェリーさんが地味に成功してて、津軽海峡フェリーもぞれに倣ってる感じです。

 但し、トンネルも新幹線もない状況下だと旅客専用の高速便としてジェットフォイル(国鉄)は就航してたは思います。宇高航路もホーバーが急行で有りましたしね。



 嘗てはホーバーとともに持て囃された水中翼船の中で、唯一現役の形ですね。素人目には効率悪そう(イニシャルコストもランニングコストもバカ高!)なイメージなのですがジェットフォイルって。でも設計そのもののスジは良いのでしょう。

 青函トンネルの開通は北海道新幹線札幌開業に合わせた2030年を予定しています……???
 ただ、土木技術は1970-80年代よりは向上していますので、その恩恵は受けていたとは思います。貨物列車との併存用に単線並行を選んだ可能性もありましょう?



 宇高航路の妄想。
 現実として瀬戸大橋(本四備讃ルート)が道路専用になってた可能性は有りや無しや? いやそうなってたら四国の鉄道はどうやっても終わってたでしょう。



 「幻の国鉄車両」読むと、国鉄時代末期にはかなり前向きな車両計画を立てており、それがJR初期に影響与えていたことがわかります。
 次世代高速新幹線として300系(スーパーひかり)の構想は100系のデビュウ頃には考えられてたのですよ。

 なので、一部で言われるほど2018年の日本国有鉄道は「利用者のディストピア、国鉄形ファンのユートピア」にはなってなかったと。
地域に合わせた車両的なものは1980年代前半位には多々登場してました。






 ますます世界線が分岐ですよ(笑)。

 続いて荷物輸送絡みの妄想です。
 当時の記憶があるからこそなのですが、国鉄は最後まで荷物輸送は見捨てておらず投資や近代化は続けており(1980年ころまでどかどか荷物車新造し、大規模荷物デポの横浜羽沢は1980年開業。ひかり宅配便などの新規需要開拓)、それゆえに1986年11月の全面廃止は余りに青天の霹靂でした。たった2-3年で廃止を強行してしまったことになります。それだけ赤字部門ではあったのでしょうが。



 飽くまで妄想レベルですが。
 なお、郵政省も1982年までは郵便車の新造してました……。あんまり計画性無かった? 






 あのとき、ヤマトや日通などに荷物輸送の「あいのり」での継続を模索してたら……とか考えてしまうのですよね。



 繰り返しますが、1986年11月の荷物輸送全面廃止は余りに性急な流れで、何があったのか気がかりではあるのです。荷物輸送に関しては旅客や貨物ほどに誰かが書き残してくれるわけでもないですから。
(新聞や雑誌の輸送にはかなりの影響はあったと思われるのですが、さて?)

 ただ、扱い量が1980年代に激減していったことだけは事実です。
 大規模なテコ入れ(民間業者の相乗りの解禁)がないまま、郵便さんから愛想つかされていたらやはり廃止は必至って見方もできちゃうのです。
 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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