初代は言うまでもなく、後の151系グループ。狭軌最高速度を誇り、東海道を往来した国鉄初の優等電車にして特急電車。
二代目は阪和電鉄の買収車で4桁番号から省電並みに改名されたもので、どんな省電よりも大出力で高速を誇ったものでした。
モハ20、どちらも電車史に残る名車であります。
意図してかどうか、151系の幼名を阪和の弩級電車に引き継がせたのも粋なはからいであったのでしょう。
但し、モハ20を名乗った電車は佳人薄命。
まず二代目のほうが1968年に全廃で、関西私鉄の大型車としては短命に終わります。もっと活躍できた筈でしょうに……。
そして初代も。151系は酷使が祟り、1975-76年にほぼ全車は廃車されてしまいました(181系としての新造車はもう少し長生きしましたけども)。

いきなり余談がぶっ飛びました。
(阪和電鉄の電車造りたいのですよ!)
三木様のモハ20系(151系)は2018年夏頃に制作されたものです。まずは4両編成です。両端クハではなく、一端を簡易運転台付きのサロ25として、フル編成の半分としています。(フル編成は「クハ−モハ−モハシ−サロ+サロ−モハシ−モハ−クハ」)
151系としては拙作が先行してますが、共通点も相違点もある作品です。
ボンネット造形は拙作共通ですが、前端部の下方テーパが表現されています(yamatai氏のLDD参考に?)。よりスマートに。
側面の上下寸法取りが違います。拙作よりも1プレート窓位置が高く。国鉄特急形は窓框の位置が高めなので、この解釈も正解でしょうか。
窓上の赤ラインは割愛ですが、これも「あり」な表現かもしれません。
この上に赤ラインあると印象が重くなってしまう懸念ありますから。
参考までに 拙作です。
屋根の平滑仕上げはそろそろ拙作も導入したいところです。
……前頭部などいろいろ手直ししたくなってきました。2015年ころともう4年前の作品でもありますので。

左からクハ26+モハ20+モハシ21+サロ25形。
クハ151+モハ151+モハシ150+サロ151……ですね。
モハの二丁パンタが勇ましく。サハシの窓割がユニークであり。
そしてサロには簡易運転台です。

新旧交代?
151系の時代が1958-1964年の僅か6年! 12連化と増発の最盛期が更に短な1960-1964年の僅か4年であったのです。
で、この角度から見ると前頭部の配慮がわかります。
ヘッドマーク左右の1x2タイルは、1x2カーブスロープに差し替えで逆テーパ構成するものであるのでしょうね。

変わって。1000形。1001-1002 所謂「A編成」
1962年デビウの、最初の新幹線電車。各種試験や試乗に使われ、1964年に救援車941
形に改造。1975年に廃車されてしまったものです。
1000形でもB編成は電気試験車922初代に改造され、活動機会は多かったのですが、941はひっそりとした存在でした。
1000形に話戻しますと、A編成は独自の塗り分けが爽やかで、格好良いものでした。白の面積が多いのは、300系以降を先取り?したものかもしれませんね。
構成は拙作の922初代、また0系としての前頭部の造形は薬師山氏の0系に準じています。あの薬師山氏の造形は、今なおベストのものでありましょう……。
屋根は平滑仕上げです。屋根肩は丸ブロックで深みを出していますが、やや重苦しく見える懸念もあり、難しい選択になりますね。拙作では45度スロープですが。


側窓は横組。独特の寸法比率だった側窓は2x2パネルです。
新幹線の場合、2x3パネルだと大きすぎるんですよね(例外はありますが)。
一方、窓柱はプレート2枚分の方が良さそうな気がしますが……。
また側ドアは飛行機窓のほうが1000形らしいような気がします。
台車スカートは割愛ですが、A編成だと台車部分のスカート外してる写真も多いんですよね。台車そのものの作り込みも楽しいかもしれません。
宣伝恐縮ですが、「鉄道ファン図書館」で鉄道ファン誌の初期号が公開されており、当時旬であった夢の超特急 1000形の資料は意外と揃います。
https://railf-library.jp/


1000形A編成はユニークでありつつ美しい車両でした。
もう少しの改良で、更に化けてきそうな気がするのですが。
いっぽう、20系の方は完成度が高いですね。残る僅かな部品の色さえ揃えば2018年の最新モデル!と名乗れそうです。そして、何時かは長編成化でありましょう。