先方の記事:
https://blogs.yahoo.co.jp/ainchan10/40576272.html
115系の長野色。
あんなに居たのに、今はもう思い出の彼方。
1992年にこの塗色に変わり、2015年の引退までをこの色で通す。長野色とはいいつつも松本運転所や豊田電車区にまで波及しており、東京都内は立川にまでこの色の電車が入ってきておりましたね。活動範囲はとにかく広範でした。
その長野色の115系が当たり前に居た頃は、長野から高尾までの数時間を乗り通したりもしたものです(間に2度ほど乗り換え有りですが)。
たいてい、早朝に都内や横浜を出て、往路上越線・帰路信越線・篠ノ井線・中央東線というルートでありました。無論上越線も信越線も高崎や新潟地区の115系! ボックス席に収まり、ときに窓を開けて風を浴びる旅。それが「ついこないだ」まで楽しめた奇跡!
JR東日本の115系自体も2018年の3月の高崎地区からの引退、新潟でも会える機会は減ってしまいました。置き換えが211系の全ロング編成だと辛いものがあります。ただ、E129系への置換だと、素直に快適な新車を慶びたいとも思うのですよ。
そんな話はともかく。

アイン様の作品、爽やかなカラーリングを再現。ベースは既に作られていた115系や113系で、ほぼ同仕様ですね。
やや濁りのある薄青はレゴのミディアムブルーがベストチョイスです。灰色の帯も良い比率です。どうしても「国鉄色」優先で考えてしまいがちですが、長野色も23年の歴史があったわけで、信越・篠ノ井・中央東線115系の歴史の半分……でもあるのですよね。今思えば爽やかさだけでなく、上品さもありました。そんな雰囲気伝わってきます。
3両編成……は基本でした。中央東線だと6連もありましたけども。

モハ114形。レゴ的に動力車。ワンアームパンタ化された末期仕様です。
長野も豊田も115系は車内もこまめに更新されており、乗って小汚い印象を感じることは皆無だったこと思い出します。大事にされてた電車でした。
さて。アイン様の国鉄近郊形で思うことなのですけども。
全長を2ポッチ伸ばして(或いは車端部を1ポッチづつ縮めて)、ドア間の窓に1ポッチ分の柱をいれたら、より近郊型らしく見えると思うのですが、如何なものでしょうか?
戸袋窓は省略でも良いと思うのですが、通勤型のようにくっついた窓が解消されるだけで印象は大きく変わってきそうです。

189系(或いは183系)「かいじ」と。中央東線の王道な組み合わせですね。
国鉄色189系の臨時かいじは今も時折走りますので(でも189系で特急料金取るなよな……。臨時快速が適切でしょうねぇ)、115系の末期までこの並びは続いたのでした。

215系の臨時快速と。ビューやまなし号も定番臨時列車ですよね。


湘南色115系との並びに、6連。過渡期にはこんな編成も見られたのかもしれませんね。どちらも良いのです。あと、横川でも高崎の115系とこんな並びがあったのかも?

スカ色と。113系を115系に見立てれば、最後まで残ってた豊田のスカ色115系との並びにも見えてきましょう。つい数年前まで光景です。

電気機関車に従えられて。恰も碓氷峠を思わせる!
92−97年の5年間、長野色の電車は碓氷峠を越えて横川にまで顔を出していたのでした。
それにしてもガチなEf63も、今のレゴトレイン界隈では待ち焦がれる題材でありましょうね。8幅ではかつてTomy氏作品がありましたし、CADではTn-factory氏・yamatai氏作品がありますけども。流石にED42だと時代が合いません(笑)。
長野色の115系は、その活躍した時代が長いだけにいろいろなシーンが楽しめますね。
機会あれば、拙作のスカ色115系やオレンジ101系とも合わせてみたいものです。