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2017年02月13日

【作品紹介】yamatai様の国鉄型客車4(CAD)。鋼体化客車オハ61と、客車改造気動車キハ40系初代。

 前回記事
 yamatai様の国鉄客車群(cad)。スハ43・スニ40・スニ41・マニ37他
 http://legotrain.seesaa.net/article/446745155.html

 yamatai様の国鉄型客車。続報(CAD)。スハネ16・オハネフ12・スロ62
 http://legotrain.seesaa.net/article/446869376.html

 yamatai様の国鉄型客車。続々報(CAD)。オロネ10・マニ36他/EF62と編成例
 http://legotrain.seesaa.net/article/446885053.html


 LDDならではのスピード感? 但し、yamatai様の設計は量産への配慮もあるものゆえ、実制作も案外スピーディに進むかも?しれません。
 32ポッチ級6幅というのは、量産性には秀でてる規格ですからね。サクッとたくさんの形式揃えられる!


 オハ61形。鋼体化客車。

 鋼体化とはなんぞや。
 安全面で問題の多い木造客車は戦後しばらくまでたくさん残っていました。
 それらを1949年より「全車」を鋼製車に作り変える大事業。台枠と台車。一部機器。内装材(座席など)を再利用して、車体は新造というものです。系列全体で3000両近くに及びます。
 1956年まで改造が続き、これによって木造客車は営業用としては一掃されたのでした。これは欧州各国国鉄(独・仏・伊など)に先駆けるものであり、当時の日本国有鉄道が誇ってもよい偉業でしょう。
 
 主要形式は三等車。オハ60・オハフ60・オハ61・オハフ61。この他に合造車や荷物車等。少数ながら優等車も。
 活躍は言うまでもなく全国全土に及びました。稚内から鹿児島まで。

 偉業ではありましたが、当時の最低限の三等車です。
 座席ピッチは1300mm程度(スハ32やオハ35、スハ43が1470mm。……E231系が1500mm)でかなり狭いもの。座席の背は直角で木製。各部の仕上げも最低限
 戦後の貨車にも客乗せていたり、戦災復旧の70系客車に比べれば遥かに上等な車でこそありましたが、当時新製のスハ43や後継のナハ10に比べて劣る車であったのは言うまでもなく。ゆえに、普通列車が主な用途でしたし、普通列車の電車化・気動車化が進むと余剰化も早かった。
 それでも国鉄末期。1985年頃までは結構残っていたものです。

※:この車での定員乗車(ボックスに4人)は苦しかったでしょう。後世の701系のような全ロングシートの普通列車とどっちがマシ? いやロングシートの方こそ、大正から昭和初期の2等車なのかもしれず。オハ61は紛れもない3等車ですからねぇ。
 仮説ですが。701系などの導入線区。オハ61から直に701系だったらサービスアップで両手で歓迎されたかも? 間にスハ43とか50系とか上等な車があったので、サービスダウンで叩かれましたが。
 あ、それでも地方線区のロングシートは反対です。巫山戯るな導入担当者は地獄に墜ちやがれ。自家用車と特急新幹線利用不可の刑に処すぞ!



 さて。yamatai様の作品です。
 スハ43のボツ案で、窓柱を2プレートとして窓ピッチの詰まっていたモデルの「再利用」。しかし、スハ43と並べてみると、窓が詰まってて如何にも定員の多そうな詰込仕様の客車であることが窺えましょう。良い意味でのびんぼ臭さと申しますか、今の観点で見ると味のある車両か?

 普通列車として、オハ35等と混ぜて編成するとリアルでしょうか。
 引っ張る機関車は妙に上等なものでなければなんでも似合いそう。蒸機ならC11・C12・8620・末期のC57辺り。ディーゼルはDD51よりもDF50・DE10か。電機だとED71・ED75。はたまた暖房車付けてEF13とか。
 でも、EF64やEF58、EF81あたりとなると「贅沢」かも。無論、牽引例はあるはずですが。

 私鉄払い下げはなかったものの、北海道の炭鉱私鉄では似たような姿の鋼体化客車が導入されてた由。怪しげな古典機との組み合わせだってイケるでしょう。


 ドアは開状態。普通列車で特に夏場だとドア開けっ放しで走る列車は珍しくもなかったのです。こんな状態は1986年頃、旧型客車がほぼ定期列車から引退するまでのこと。

 レゴ的にはドアを作る手間と、ドアがないぶんデッキ内部も体裁を整える手間で悩むところですね。でも、編成に変化がついて望ましいと思います。


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 オハ61とくれば、客車改造気動車のキハ40系初代も。
 
 1960-1962年に片運転台のキハ45を5両、両運転台のキハ40を3両、エンジンなしのトレーラ キクハ45を3両、客車そのままの姿のキサハ45を?両改造したもの。キクハ45以外は北海道で使われた由。

 気動車不足で、それなら余剰のスハフ61・スハ61にエンジン載せたり制御回路通したりと魔改造すれば不足を補えるかと思いきや。客車はもともとが気動車車体よりも重く、出力不足などで成功作とはいえず。少数派のまま、1971年までに全車廃車されてしまいました。台車はDT22、エンジンはDMH17Hとキハ28並の新品が奢られ? キハ17系などよりは上質な車だったはずなのですが。



 片運転台の基幹型式? キハ45形。後に二代目キハ45の登場にあわせてキハ09と改称。もう機械式気動車や電気式気動車同等の「雑形」扱い(苦笑)。

 客車のままの平面顔に前面窓とヘッドライトを埋め込んだ何とも言えないユニークな顔つき。キハ45に関しては車体は大きく弄らず、車掌室をそのまま運転台化しています。

 yamatai様の作品も、上記オハ61形ベース。
 ウインドシルヘッダは色差表現で、ダークタン。雨樋も同じくダークレッド。
 客車改造車らしい、重苦しさが伝わってきますね。

 ステップも張り下げ。ここは台車マウント方式です。
 
 正面窓は2x2。実物の寸法はキハ20などと同じなのでこれで正解か? ただ貫通扉の窓は飛行機窓2x2か、横組の方がそれらしいかも?


 サイドビュウ。
 床下はオハ61のままですが、気動車らしく作りこんだら楽しそうです。
 また、台車も片方TR11、片方DT22という前後違う仕様にしたら更に楽しく?

 なお、制御車キクハ45もスタイルは近いです。外吊り自動扉など更に魔改造も入ってますが。表現できたら楽しそうですよね?


 両運転台のキハ40。後にキハ08へ。
 うち1両が加悦鉄道に譲渡。同線の1985年の廃止まで使用。現在も保存されています。

 側面を大きく改造しています。それでも客車スタイルは抜けず。加悦鉄道でもおなじみですので、この系列では一番有名かもしれません。


 なんともいえないサイドビュウ。
 ただ、運転台後ろを詰めて、もう1つ窓数増やしてあげるとバランス良くなりそうです。
 この系列は加悦鉄道での単車使用以外は、同系同士での編成は組まず。キハ21やキハ22などと組み合わせるとリアルなようです。キクハ45だと、相手は2エンジンのキハ52やキハ55が良いのでしょうか? 1両でも造っておくと、気動車編成の良いアクセントになりそうですね。
 
<続>
 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内の作品紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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