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2017年02月07日

【作品紹介】g@ひたひた様のモハ63シリーズ続報/一畑電鉄デハニ50とデハ20(CAD)

 やはり、気になるCADシリーズです。
 
 前回記事「モハ63 七変化?」
 1週間も経ってないのですが(笑)。賛否は分かれますが、LDD慣れた方はペースが上がりますね。実制作は別の話なのでしょうけども。

 実物解説は前回記事御覧ください。


 元祖たるモハ63形というよりはクモハ73形
 
 前回記事は改造車のクモヤ90ベースでしたので、車端部の窓が表現されていませんでしたが、今回はクモハ73の表現を意識され、車端部窓と運転台直後窓の表現があります。
 
 屋根カーブは如何にもな平面顔の元祖モハ63的というよりは、戦後の増備車クハ79的なやや柔和な印象になっておりましょうか。ここは実制作時には迷いの余地もありそう。

 なお、側面と前面で窓位置を1プレート調整されています。前面は高めに。
 側面と前面で窓位置揃っておりますとかなり鈍重な印象になりそうです。逆に言えばここのアレンジで、微妙な実車の個体差(かなり、あるんですよ!)を表現できるということでもあります。

 屋上配管や避雷器はディテールの少ない直流電車ならではの引き締め感。
 ヘッドライトは「スタンプ丸プレート(20482)」による表現。クリアしかなかったこの部品も、現在は新茶と黒が出回りだしています。未だ激レアですが……。


 こちらは仙石線仕様。1960年代後半の姿と思しき。
 仙石線は1960年代前半までは社型。並行して17m級省形(クモハ11等)。1965年ころからモハ72が入ってきました。何れも国鉄気動車色。似合ってました。
 但し70年代に気動車色はウグイス色1色塗りに変更されてしまうのですが。無粋にも。

 暖色系ツートンカラーになるとどこか私鉄然とした雰囲気にもなります。仙石線が元私鉄であり、あの時代はまだ私鉄な雰囲気を多々残してたので必然ではありますけども。

 運転台後ろの窓のタブレット保護網が電車としては特異な装備でしたね。
 仙鉄局の趣味か? 仙石線と仙山線(451系)のみで見られた装備でした。

 前面。仙石線塗り分けだとおでこが広いほうが似合うかもしれません。テールライトや前サボも1プレート低いほうがそれっぽいかしら? 前サボももっと大きなものが付いてたイメージです。


 集合。モハ63改がいっぱい。
 それ位、どこでも見られた電車でした。103系かそれ以上の跳梁跋扈っぷり(笑)。……103系よりは潔く時代に合わせて引退していきましたけども。

 続きます。


 可部線・呉線仕様。
 1985年まで残った、最後まで旅客運用についてた72系でした。末期まで残ったがゆえに側面はアルミサッシ2段窓化。前面はHゴムが入ったり入らなかったり。大規模な車体新造車も混じってましたので、バリエーションはやたら豊富。1両ごとに形状違うような世界。

 塗色はウグイス色1色に、前面に警戒色あり。この警戒色のパターンもやたら個性あったとか。

 側面は普通の2段窓になり、かなりおとなしい感じになっています。
 前面はHゴムを意識されたか、小さめの窓。
 クモハ+クハ+クモハ+クハ 辺りの4両で、全部形状が違うなんて遊びも楽しそうですね。


 私鉄のモハ63。
 モハ63形は戦後 私鉄向けにも割当製造。近鉄(南海併合時代。南海線用)、名鉄(すぐに東武に譲渡)、東武(比較的早く車体新造で姿消す)、小田急そして山陽電車に入線しました。
 なお阪急にも割当されてますが、あのプライド高い阪急は拒否!してます(笑)。
 あと、三井三池にいた客車がモハ63同型だったのは未だに理由がはっきりしませんが。
 これらをしぶとく使い続けたのは南海と小田急、山陽と三池。
 
 山陽電車700形は社内随一の大型車!であったことからも念入りに整備され、最終的には関西私鉄なりの尊厳保つ仕様に。
 窓はすぐに2段化。また燈火類の配置も如何にもな関西顔。

 神戸市内で道路上を走ったりしながらも1968年、神戸高速への直通が始まる頃まで活躍した由です。他の山陽電鉄の電車たちと並べてみたくもなりますね。今も走ってる3000系とは時代も共通するのです。


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 一畑電鉄の電車たち。

 今も車籍を有しているデハニ50形。昭和初期1928年の製造。今年で90歳。この時代の電車の生き残りは少なく、貴重な文化財ではあります。

 映画にも登場。また出雲大社前駅など展示の機会も多く今はスター的存在に。動態保存の可能性も模索されていると聞きますが、実現してほしいもの。

 ただ、この車。1970年代-90年代は予備車であり滅多に走行してなかった。走行距離は歳の割には少ない筈? それが逆に寿命を伸ばしたのかもしれません。

 一段落としこみの窓が並んだ側面は横組で。ベストとしか言いようのない表現です。

 前面は角度の緩い3面折妻ですが、平面的解釈になんとか落とし込む。
 0.25ポッチ単位でのずらしをおこなって、角度を付けてます。この微妙な折妻は難しいですね。ガチで角度付けると違和感すごいですし、かと言って平面に割り切っちゃいうと全然似てこない。巧い落とし所だと思います。

 屋根上はパンタ廻りのゴツさがそれっぽい。明らかな補強材が見えてますから。

 台車はDT13の使い回し? しかし、見ようによってはD16のイコライザにも見えてくる。旧型電車用汎用台車として「使える」造形でしょう。
 床下機器は精密。やや濃い目の味付けです。



 同じ流儀での、デハ20形。
 やはり1923-24年製造。1950年代に2ドアクロスシートへの改造を行った車で、1990年代後半まで奇跡のように現役でありました。クロスシートは上半分が木製というものでしたが、座り心地は悪くなかったと記憶しています。
 1990年代に二度一畑を訪問してるのは、このデハ20形目当てでありました。お世辞にも整備良くない線路を結構な速度(最高85km/h。田舎電車としては速い!)で飛ばすものですから、「感動的」な乗り心地ではありましたね。あの頃の自分が日本で一番好きな現役電車として惚れ込んでいた車なのでした。
 明るいクリーム色に青帯、赤い社紋板という姿も上品なお洒落。

 しかし、一畑の旧型車グループはデハ1形とデハニ50形は残った全車が保存されているものの、デハ20形が残っていないのは残念無念。
 
 何時かレゴでも、と思ってましたので先越された悔しさ千万。
 異論反論は作品でみせてやろうと誓うのでした(苦笑)。


 デハ20形。簡略バージョンとのこと。
 側窓を2x2の窓に。前面も2x2窓にしてヒンジでの角度つけ。別解釈のデザインです。問題はデハニ50が作れない(2x2窓のオレンジがないので)ということでしょうか?

 いや、それ以前に。新型の2x2窓では平板な印象は否めません。
 横組みならではの雰囲気が見逃せないものであったこと、非簡略版が物語っておりましょう。なお、全面をこちら。側面を横組みというハイブリットも考えられますが。


 並んだところ。
 ただ、デハ20形は側面アルミサッシではありましたので、平板な感じも案外実車の印象かも知れません。何れにせよ、1両から作れます遊べますからそういう意味では難度は高くない題材ではありましょう。最大4連組めるのも田舎電車にしては魅力です。
 
posted by 関山 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内の作品紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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