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2017年01月29日

【作品紹介】g@ひたひた様のモハ63 七変化?(CAD) クモヤ90・クモハユ74・クモヤ740…

 最近は「実制作作品」優先ではありますが、これはLDDとはいえ見逃せませんので。

 モハ63形は戦時中の1944年から製造された量産・戦時型の国鉄電車。
 戦後は改修されてモハ72形(クモハ73 モハ72 クハ79 サハ78)へ。首都圏・関西圏の他、後世の103系のように地方転用もされました。如何にもな角型3段窓のモハ63のスタイルを残すものもあれば、プレ101系とも言える近代的な全金属車。更には103系の車体を載せた更新車まで。それらが混成されて使われてた由。

 1980年に首都圏から引退(最後は横浜線や南武線、鶴見線)。
 1985年に完全引退。

 しかし、事業用車に転用されたものはJR引き継ぎもあり。1990年代まで活躍を続けました。


 最初に作図されたのはこのクモヤ90形です。モハ72(中間電動車)を両端に運転台設けて牽引車(入換や回送用の、汎用動力車)に改造したもの。

 物資が限られる中で大型のガラスを避けることと、通風面で採用の3段窓。
 ただ、1x2のプレートは実際に使ってみると若干の膨張効果がありますゆえ、LDDでの印象よりは窓面積は広く見えましょうが。

 窓数、扉間でマイナス1個ですが、そこは違和感なし。
 全長40ポッチに巧く4ドアを配置してるのもポイントが高いのです。

 前面は最低限のコスト(実物の話です)で運転台を設けたため、平面に貫通ドアのみの非常に無愛想なもの(でも、それがまた味!)。うまく雰囲気が出ておりましょう。
 注目はグローブ型ベンチレータ。穴空きΦ2タイルという部品を使い、曲面タイルを上面に。リアルな印象になっています。この手法だけでも「盗みたく」なります。
 
 クモヤ90形は旧型国電よりも、新性能電車のお伴をすることが多かった。
 この茶色の電車が、カラフルな国電群。はたまた湘南色やスカ色、或いは特急色の電車に連結され、引っ張ったり推されたり、挟まれたりして運用される姿は多々記録されています。
 また、ほぼ同形のクモヤ91形もあり、こちらは交直両用電車とも連結できるものでした。485系や583系のお伴も務まっていたのです
 何れも、なかなかインパクトある姿でした。1999年に全廃。


 続いて作図されたのが、原型のモハ63形(クモハ73形)

 最初からの運転台付車両です。屋根カーブを変えることで大きく印象も変わってくるものです。平面な実用本意な平面顔・切妻顔・食パン顔というのもモハ63が創始ですから、この雰囲気は適切でしょう。

 惜しいのは「貫通扉」が残っていること。モハ63(クモハ73)は例外なく前面は非貫通でした。南海電鉄・山陽電鉄割当車は前面貫通型に後日改造されておりましたが。

 如何にもな戦時型なスタイルのこの車両。首都圏には割と固まって残ってたもの。それも茶色のままで。
 1979年の正月と8月に横浜線乗った時はこの電車が来て驚いたものです。当時は阪急や東急でも戦前生まれのツリカケ電車はごろごろ走ってた時代。しかし大手私鉄の旧型電車はそこそこ小奇麗に整備されてて意外と古臭くはなかったのですよ。
 でも、モハ72は……古いままだったのでした。
 
 3-4両で編成組ませると、1970年代の空気が再現できちゃいそうです。


 続いて。
 珍車 クモハユ74形。1969年に3両が改造された普通車・郵便車の合造車。
 クモヤ90同様に両端に運転台を新設するも、併結される113系に合わせてか窓下ライトで高運転台。郵便仕分け棚部分は窓埋め。色も113系に合わせて、スカ色。但し、何故か113系湘南色に合わせた塗り分けであり、スカ色の113系とも塗分線が揃わなかったのです。モハ72の一部にあったスカ色車(中央東線や御殿場線)とも印象が全く異なる。

 こんなゲテモノ、1978年まで113系や後述の荷物電車・郵便荷物電車に混じって房総方面で活躍してました。普通客室は持つものの事実上荷物室代用。客を乗せることはなかったと言われています。
(併結相手が113系では凄い落差ですよね……)

 なお、72系電車自体は車体載せ替えでの荷物電車(クモニ83)・郵便荷物電車(クモユニ74 クモユニ82)への改造が多々行われていますが、完全に別車体で原型はありませんでした。

 閑話休題。この車を観ると、113系スカ色が欲しくなってしまう(笑)。


 更に。クモヤ740形。

 旧型国電を改造した交流事業用車(試作車・試験車・牽引車)は意外と多かったもの。車体を載せ替えたものは少数で、多くは旧型国電の車体ごと転用したものでした。こうしてみると、新性能電車の定義も曖昧ですよね。
(買収国電で「新性能電車」に二段階出世した車さえ)

 クモヤ740形は1969年に改造。交流区間の電車区に配置された、交流の牽引車。但し自走は低速に限られ、本線での高速運転時は制御車代用になるというもの。
 相方は交直両用電車の多く。或いはJR化後の交流専用電車とも。九州に居たものが2008年に最終廃車されていますから(……最後のモハ63の廃車でもあり)、485系や475系などはともかく、その辺を置換えていった水戸岡デザインの特急形や近郊型とさえ共存してたことになります。これはちょっと驚き!
 
 前面はクモハユ74同様の高運転台。
 屋根は全面作り直しで低屋根化。そして屋上に交流機器搭載。モデルでもツルツル屋根化と僅かに1個のみのベンチレータが特徴的。

 車内にも交流機器を搭載しているため、一部窓埋め・ルーバー化が行われています。

 なお、クモハユ74から床下も作図されていますね。
 自然通風の抵抗器。DT13系の台車。如何にもな旧型国電らしさなのです。
 

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 先にも触れましたが、モハ72系は旅客用としても、カラーバリエーションや形状バリエーションは豊富な形式でした。クハ79やサハ78の中にはそれよりも古いタイプの電車を4ドア化編入したものも居りましたし。103系車体を乗せたものには茶色に塗られたものもあり、茶色の103系という衝撃を残してくれてたのでした。

 交流電車・交直両用電車への改造車も個性豊かなものたち。クモヤ740は寧ろおとなしい方だったのですよ(笑)。

 また、戦後すぐの私鉄への割当車も忘れてはなりません。南海・山陽がかなり愛用してた由。東武では割とあっさり車体載せ替えてしまいましたが。名鉄にも極短期間。

 旅客用としては最低2両で済み、事業用車なら1両で遊べます。
 実制作、大いに期待しております。

 また、この題材自体が見直されるきっかけになればと思うのでした。
 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内の作品紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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