
EF62形は1962年から1967年にかけて54両が製造。
碓氷峠専用機EF63との組み合わせで信越本線の近代化を図ったもの。未だ客車列車・貨物列車も多かった時代ゆえそれなりの両数が要されたのです。
特徴は徹底した軽量化を行ったことで、日本では極めて稀な先従輪なしC-C車軸配置もそれが理由。
ただ、横圧がどうしても大きかったようです。
素人目には旧型電機や蒸機の方が固定軸感長そうで線路への影響大きそうなのですが、先輪がアタック角を軽減してくれてたのですね。以前も以後も電機や電気式ディーゼル機関車ではB-B-B車軸配置が日本では標準です。
スタイルはEF63と揃えられつつ。角張ってたEF63に対して全体に丸みが強調されています。車体裾も下がり気味で客車と揃うのは欧州的処理?
此処をエレガントと見るか、鈍重に見えるかは難しいところでありますが……。
ただ。
EF62。正直言えば、決して好きな機関車ではありませんでした。
上野口の急行列車群で、東北線や上越線方面はEF58なのに、信越線方面はEF62なのは格落ち感が否めなかったですし。
そのうえ、信越本線での運用が激減で(碓氷線の貨物全廃などで)1984年から東海道・山陽筋に転用。荷物列車のEF58まで置き換えてしまいました。
自分だけでなく、当時の鉄道趣味者全般から「嫌われてしまった」感があります。
(また、運転側の評判まで良くなかったようです。足の速いEF58に対して、EF62は山岳用かつ貨物列車も考慮ですから速度が延びなかったと)
しかし。東海道・山陽筋は1986年11月の荷物輸送全廃と運命をともに。僅か2年余の活躍に終わってしまいます。
皮肉にも、EF62の信越本線残留組の方は碓氷線廃止まで残りました。
また、淘汰されるべきEF58も一時は稼働機が61号機・89号機の2両まで減ったものの(1986年11月)、その後122海・150西・157海が復帰してたりします(これも今は昔の話ですが……)。
今思えば、不当な扱いされてしまった幸薄な機関車だったのかも知れません。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
EF62。作品としてはyamatai様による、2019年のものがありました。

極めて短時間で速成されたものなので、クオリティとやかく言うのなしです。今のyamatai氏ならもっと凄いもの造られてくるでしょう。
それよりは、雰囲気の掴み方や割り切りというか思い切りが快い作品でした。

拙作のEF63に合わせて作ってくださったもの。似合ってます。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今回は、yamatai作品のリメイクを狙いました。側面ルーバーの処理や明かり窓など、多くの部分で参考にさせていただいています。

前面はEF63より柔和な印象になるよう意識。
1プレートフェイスリフトして、前面窓も大きめに。
貫通型ながら傾斜のついた前面窓はEF63同様です。隙間上等でポチスロとプレートの組み合わせで構成。
<<続きを読む>>