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2019年02月16日

【イベント告知】池袋鉄道模型芸術祭、迫ってます(なし様SUU様の進捗より)

 今年も大規模なジオラマレイアウトでの参加です。
 3月23-24日(設営22日) 池袋は東京芸術劇場の地下ホール。
https://t.co/aKwKoD3Hnf
 
 準備状況の、主になし氏の製作中ツイートまとめてみました。

 なお、車両の持込みなどについては後日再告知します。
 レイアウトのテーマは1960年代の蒸機末期の日本形……という雰囲気となります(但し電化区間)。
 無論、厳密にはこだわりませんし、外国形などもOKです。大きさの上限は なし氏の作品が基準とお考えくださいませ……。









 今回とやや関係ないのですが、なし様の車庫コレです。
 どれも、素敵すぎます。



 ……だそうです。扇形庫は譲り合って使いましょう。



 この規模。過去最大ですね。



 桜の咲く頃に、池袋に集いましょう! 会場はお花見できますよ(池袋駅前ですが)。
 


 おっとこれも大好き。楽しみです。
 SUU様の駅はまだ全貌が出てきませんが、期待できそうです。
 





 跨線橋も。駅の規模、量れましょう。
 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | イベント告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月15日

【鉄道作品 欧州形】スイス国鉄Ae4/7電気機関車 9年越しのリメイク。


 関山が世界で三番目くらいに好きな電気機関車です。
 大きな動輪。メカニカルな足回り。
 エキゾチックな車体の造形美。
 
 Ae4/7形は1927-1936年に127両も造られたスイス国鉄の旅客列車用の電気機関車。
 日本のED54形が似た形ですが実はED54の方が少しお姉さんです。無論ブフリ駆動の電機は当時沢山造られまくっており、Ae4/7もその一形式に過ぎませんが。
 70年にわたって活躍し、1990年代に引退してゆきました。但し何両かの動態保存車があるはずです。此処は羨ましいですね。

 ブフリ駆動はわかりやすく言えば、車体に大きなモータを固定して、車輪の外側にあるギアボックスで動力伝達する仕掛けです。モータがバネ上荷重になり軌道に優しく、きちんとメンテできれば密閉されたギアボックスもトラブル少ない優秀なものでした。ゆえにスイス・フランスでは採用が多かったのです。

 大きな動輪が並んでカーブが曲がれるか? Ae4/7に関しては動輪のうち1軸が前輪と連動して少し動くようになっており、曲線通過性能も良好だったそうです。これは日本のED54形も同様でした(まぁ、模型だと動輪のフランジレスで対応しちゃうのですが)。


 この題材、9年前に一度手を付けております。
http://legotrain.seesaa.net/article/136704349.html





 PF-Mモータを用いた自作動力機です。
 まだ濃緑のパーツの供給事情が良くない時期であり、配色は多少の妥協がありました。 動力系自体は面倒なことしていない(縦置きのモータでギア比1:1)のでトラブルなどもなく。しかし問題なのは、この頃はとにかく「作品を見せる機会」がないこと。今のような毎月何処かでオフ会・展示会の有る時代ではありません。
 見せる機会/運転する機会のないまま放置。そのうえ二度の転居でどんどん自然崩壊。

 ただ、幸いにも主要部品の抜き取りはなくかなり原型は留めていたのですが。




 PU(Powered Up)時代に、全面リメイクすることにしました。

 まず、安定性と速度の問題で、自作動力はやめました。
 PUトレインモーターへのBBBラージの直挿しです。自作動力はやはり長時間の運転であったり、また輸送の機会が多いと痛み・緩みなどで予定してた性能が発揮できません。そして1:1では速度が物足りないのです。小型の蒸機とかなら低速でも良いのですけど、Ae4/7のようなブフリ駆動機は旧式と言えど本線用の高速機でありますからね。

 然し、トレインモーターに直接大動輪を挿すと、理論上は通常車輪の倍の速度が出てしまいます。あまりに速すぎる? 
 でも、PUなら大丈夫です。確実なコントロールが出来ますので(接続切断時には強制停止)、PFのように最高速で制御不可になることはありません。

 牽引力は……。今後の調整次第ですね。
 駄目なら似たような機関車もう1両造って重連にすれば(笑)。

 ホイルベースは固定されてしまいます。ただ、実物写真みても第二動輪と第三動輪の間は少し開いてる? ようにも見えますから。そして足回りで2ポッチの全長延長になるものの、前輪との間を詰めることで全体では1ポッチの全長延長で済ませています。


 車体は、ふんだん使えるようになった濃緑の恩恵です。
 ただ、完全に緑にするとアクセントが無くなってしまいますので、車体の横方向のリブ部分は黒をプレート分のこしておりますが。縦方向のリブは溝付ブロックを使ってみました。車体の平板化を防いでいます。

 キャブ周りの造形、ドアの開閉よりもリアル寄りの仕上げへの変化です。


 この角度だと大きく変わってないように見える?
 然し、運転台部分の屋根はカーブスロープで大きく変わる。2x2カーブスロープ偉大です。

 

 車軸配置は2D1または2C・A1とか言われるもので前後非対称。
 前輪廻りは元のままです。

 動輪の機器カバーも9年前の選択は正しかったんだなぁと今更ながら。ブフリ駆動機は大きな支持枠があって、そこにギアボックスなどが結わえ付けられています。もっともレゴだとすべてダミーですが。

 10幅とかだと、Mモータx4とか並べて、ガチに外側のギアドライブとか出来るのかも知れませんが……。流石に扱いに苦戦しそうです。




 この機関車は左右のサイドで全く形状が異なります。

 このサイドは足回りは元来何もないのですが、冷却用のオイルパイプが通っているのでそれをグリルで再現。これも9年前のままですが。
 車体の点検口は普通に?タイル貼り付けで表現です。

 さて、どちらのサイドがお好み?
 ……どっちも好きです。


 さっそく実運用入りです。
 PUのパイロットランプが窓越しに見えるの、いとおかし。


 とりあえず、ワゴンリは似合います。スイス経由の寝台列車。


 ステンレスのP形入ってますので1950-70年代設定。あの業界で言うところのeraIII(EpocIII)ですねぇ。




 mazta-k氏の現行ユーロシティ用客車を牽いて。
 
 動態保存機が「たまたま」本線運用に入ってしまった感じでしょうか? こんな組み合わせも良いものです。
 また、貨車曳かせても様になるはずです。高速旅客用機関車は第一線却いた後はそのまま高速貨物列車用にも転用し、貨物輸送の近代化で二度のお勤めできるのです。



 実運用させたところ、客車は4両が限界?
 また、やや空転がありましたので何らかの加重は考えられます。PUトレインモータ自体はパワーのあるモータですから、加重で化ける? 
 幸いにも、車内にはPF時代よりも余裕が出来てますし。ウエイトブロックか大量の銅塊(平等院鳳凰堂が刻印されてて、1枚10円で入手できる銅インゴット。平たい円盤状)を積み込むこと考えられましょう。

 なお、気になる暴走はありませんでした。列車や機関車の重みで適度に最高速が抑えられる感じですね。また、小さな勾配やカーブなどは寧ろスピードで押し切るような運転は有りえ、そのへんの細かい調整できるのは寧ろPUのメリットです。

 上記の調整次第ではありますけども、この足回りは「使えそう」と。ここから広がる可能性!
 SNCFの2D2 9100のリメイクは今の灰緑のパーツ事情なら良いものデキそう。
 JNRのED54は史実の茶色か、はたまた自由形で濃緑で造るか?
 スイスに戻って超大物のAe8/14……。当然2M機になりますよ!

 スイス電機のクラシックから、妄想が広がるのでした。
 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | 鉄道作品(欧州形) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月14日

【鉄道作品欧州形】「東からの使者」。ソ連国鉄の西側向け直通寝台車(RIC規格車)。

 ソヴィエトは閉ざされた国である一方、国際列車もまた外交手段に使っている一面もありました。

 同じ共産主義諸国はもちろん、西側諸国にも国際列車の直通が多々あったのです。1960-70年代が最盛期のようであり、パリやミラノ、ロンドン、そして台車を二度履き替えてマドリッドまでの直通があったとか言われています。
 無論列車すべての直通ではなく、寝台車が1-2両のみ直通して、直通先の列車に併結されるのです。
 冷戦時代、東西混ざった列車が日常でもあったのでした。

 なお。
 この話は過去のものではなく、今のロシア鉄道もパリやベルリンには直通を行っています。おそらく数代目にもなるであろう専用の寝台車は西側の車両限界や規格(RIC)に合わせたもので、無論国境での台車の交換にも対応してる由。

 余談続ければ。
 モスクワでの乗り継ぎ行えば北京からパリまでの鉄道直通は今でも可能なのですね。

 ……時間は気にしない約束。費用は豪華クルーズ列車よりは格安でありましょう。たっぷり乗れてお得ですよ? 北京からモスクワまでは10年前乗ってるので、いつか乗りたいモスクワ→パリ間も。

 なお、現物の写真や記述はこちらにあります。
https://maerklin-kiste.blog.so-net.ne.jp/2013-07-12
 1991年の記録のようですが、本当にマドリッドまで向かっていたのですね。




 同じくソ連・ロシアの食堂車と連結した状態で。

 今のロシア鉄道の直通車は派手なRZDカラーを纏っておりますが、ソ連時代は無論コミュニストグリーンの姿です。

 西側の寝台車に合わせた仕様はソ連でも特殊なものであり、西の車両限界に合わせた深い屋根が特徴です。ソ連の客車のいかり肩(奥の食堂車がそれ)では当たってしまうのですよ。撫で肩なのです。
 で、深い屋根はおそらくワゴンリのUハンザ辺りに合わせたものなのでしょう。

 車内もUハンザ同様で、3人用の3段寝台の個室が並び、それを1/2/3用と切り替えて使うことで1/2等の兼用にするやり方です。1人で使えば1等。3人で使えば2等という感じ。なお、ロシアでは(というか西欧でも)個室寝台車の相部屋使用は一般的な扱いです。
 相部屋……何度か使った経験から言えば「上等車である寝台車の客に不安はない」って一言になりますね。語学力かコミュ力あれば旅も楽しくなりましょう?


 モデル的には深い屋根の表現が楽しかった。ほぼ平行製作のワゴンリP形と同じ手法で、こっちは新濃灰で。やはりコストは気にしちゃいけませんが、おかげで綺麗な屋根カーブになります。

 サボや国章などの表記はやや賑やかに。如何にもな国際直通車らしく。
 なお、窓枠が木製っぽい色に見えますので、上辺のみダークタンで表現です。

 この客車も共産圏の約束たる?リブが目立つのですが、車体の大部分では諦めたものの窓柱のみは1x2の溝ありブロックの濃緑が得られたので使ってみました。良い立体感が生まれます。

 インテリアは割愛ですが、造るなら便洗面所・二人個室x2・車掌室って感じにしたいですね。


 客車がいっぱい。

 左からユーロナイト(ナイトジェット?)。
 ロシア鉄道Chs2形電機はチェコスロバキア製。
 東側列車の最後尾についた、RIC規格寝台車。
 一番右が西からやってきたワゴンリ。

 中欧か東欧の何処か……でありましょうか?
 いやロシアの電機までは国境越えてやってきませんが、東欧生まれの同系機は沢山居たのです。
 そういえば黄色帯の中国18系客車も一部は東ドイツ(正確には統合後の旧東独)で製造されたもの。鉄道はアジアからヨーロッパまで繋がってるのですよ。


 オーストリア国鉄の電機(mazta-k氏作)に曳かれる国際列車。ややフィクションではありますが雰囲気はありますよね?

 今度、mazta-k氏・yonenaga氏辺りの中欧・東欧あるいはドイツの客車にこのソ連寝台車を1両だけ混ぜて見るなんてやってみたいです。
 あるいは、ウチのワゴンリ編成にくっつけても楽しいかも?

 「東からの使者」は模型的には案外便利なワイルドカードでもあり。西ヨーロッパの列車にちょいと刺激足してあげるの、悪くありません。
 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | 鉄道作品(欧州形) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月13日

【作品紹介】hiro様の戦前「富士」編成 7幅フルスケール(3) スシ37740とスニ36650

前回記事(1) スイテ37000
http://legotrain.seesaa.net/article/464116899.html
前回記事(2) マイネ37130とマロネ37350
http://legotrain.seesaa.net/article/464134403.html

 20mの鋼製客車はざらっと分類しますと。
 I.1927年の最初の鋼製車群。窓の上下寸法が小さめ。魚腹台枠。イコライザ台車。ダブルルーフ。
 II.1929年ころからの、窓の上下寸法を拡大。平型台枠。軸バネ台車。ダブルルーフ。
 III.1930年代の、上記をシングルルーフ化したもの。
 IV.1936年以降の、上記を広窓にしたもの(いわゆるオハ35系)。
 
 という進化があり、食堂車や1・2等の寝台車にはそれぞれに該当形式があります。このhiro様の「富士」編成は上記の「III」基本的に窓の上下拡大したものの、ダブルルーフで揃った編成を意識されているのが分かりますね。


 食堂車。スシ37740形。
 1930-31年に19両が製造されたものです。形状的には先にスイテ37000やマイネ37130と揃う車です。大きめの窓にダブルルーフ、TR78台車。

 戦時中に三等車格下げなど行われるも戦後も12両が食堂車として再起。設備の差異でスシ28形5両・スシ47形3両・マシ29形0代4両となりました。1960年代初頭に引退していく中、冷房付のマシ29形は1968年迄残ったそうですが……? 軽量客車の中に交じるダブルルーフの食堂車は奇異な眺めであったことでしょうね。

 さて。
 食堂車は……どの時代や系列であっても、客車の中でも特に重厚さが際立つものです。厨房や側廊の不思議な窓まわり。煙を吐く煙突。床下には大きな大きな水槽。
 そして窓に目をやれば、食堂にはテーブルに飾られた花がちらりと見える。ダブルルーフとなれば、尚更!
 
 hiro様の作品でも、厨房部分の窓配置がそれっぽく。
 塞がれたデッキ扉窓も印象的です。


 通路側より。左手が厨房(の側廊)、右手が食堂です。

 食堂車は等級帯がなく、茶色1色で有るのも重厚さの所以かもしれません。ウインドシルヘッダーの割愛も7幅フルスケールの質感の前には気になりません。

 実に、格好いい客車です。


 もちろん、インテリア完備です。
 
 左から車掌室・食堂・配膳台・厨房です。
 壁面の時計がうれしい。


 食堂と配膳台。厨房。
 配膳台は実物からアレンジしてカウンター状にしたとのこと。

 細かいことではありますけど男性の給仕なのがこの時代の食堂車らしいですね。ウエイトレスの登場は戦前ではありますが、もう少し時代が下りますので。

 食堂は何時か欄間の装飾などもお願いしたいものです。片持灯なども。


 これは検討中の? の食堂インテリア

 配膳台の形状が実物を意識したもの。食堂と通路の仕切りがステンドグラス入なのが華やかなアレンジです。これはこれで良いものですね。


 別角度より。側廊の窓も面白いアレンジです。

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 「富士」の現地点でのトリは荷物車。スニ36650。
 やはり同じ時代(1929-1932年製造)の荷物車。荷物車は木造車や雑形車の使い回しが当たり前ですから、17m級といえど新造の鋼製車はエリートであったことでしょう。もっとも直ぐに20m級の荷物車が登場しているのですが。
 17m級でダブルルーフの荷物車は1961年ころまでに救援車などに転用されていますが、それゆえ1980年代までその姿を残すものもおりましたね。


 17m級を意識した やや短めの車体です。

 窓はジャンパプレートを重ねて、曇で且つ保護棒付きの窓の再現狙って居るのですね。
 ドアの凹みはもちろん。荷物車のドアが裾からやや高めの位置なのも再現です。




 この車の目的は、ダミー動力車。
 Powered Up二組搭載でパワフルに走る筈……です。

 ただ、ケーブル取り回しが難しいこと。公式に逆転スイッチがないことなどで、2M化はそれなりに高難度なものでもあり。「大規模イベント会場が苦手」というPUの欠点もあり、PF化も検討されてるとか。


 「富士」としての客車の紹介は一段落。
 しかし、それに至る前のボツ作品も捨てがたき魅力があります。次回以降まとめていきましょう。
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | 国内の作品紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月12日

【作品紹介】ジョージレモン様の新潟交通モワ51形電動貨車。可愛く、力強く。

 新潟交通鉄道線は1999年の廃止時まで、電動貨車を持っておりました。

 1933年製のモワ51形で全長10mほどの可愛いものです。こんな車が1982年の貨物営業廃止までは貨物列車牽いて活躍していたのです。
 そして、冬期にはラッセル車キ100(国鉄払い下げ。制御器付きで実際にはクキかクヤ)を付けて除雪用に。なお、除雪車繋がない方には路面区間の除雪用に大きなスノウプラウを付けていたものです。

 この車、鉄道模型の世界では人気者であり、鉄コレなどになっておりますね。
 またキ116と一緒に旧 月潟駅で静態保存されています。新潟交通は廃止前に訪問してますが、庫内に居たモワ51には逢えてません。何時か見に行きたいものです。


 ジョージレモン様の作品。
 
 先ず、小さく可愛い! そして力強い印象も。
 造り方としてはこの種の旧型車のスタンダードなもの。窓まわり横組みです。ウインドシルヘッダーの割愛はありますけど、ツートンカラーだと気にならないのですよね。

 小さいながらに密度感が濃いのは、ドアの凹みと、標識灯の張り出しの表現ゆえでしょうか。

 新潟交通鉄道線の緑色はレゴ的には通常緑か濃緑か迷う色ではありますが、或る程度使われて褪色した感じが通常緑、塗りたてが濃緑という感じで有りましょうか? この作品は濃緑で成功されてる感じです。


 スノウプラウの有る側です。パーツそのものの利用ではありますが、全体の雰囲気的に気になりません。使えるものは使うべし……でありましょう。


 可愛さが伝わるのはサイドビュウかもしれません。僅か18ポッチの全長は二軸車並です。ここは実物の印象を伝えるのですね。
 シンメトリーな安心感も。模型ファンに愛されてきた美形電動貨車の所以です。

 動力は流石に割愛。もし片方の台車を軸距の大きなトレインモーターしてしまったら大きく印象は変わってしまうことでしょう……。
 もし動力化を考えるのであれば、1+B+1方式でしょうか。正確なボギー車でなくなるというトレードオフですが、軸距の印象とかシンメトリーは保てますので難しいところです。

 尤も、ユーレイ方式が落としどころかも?
 PUか9Vで自走できるワム90000かワラ1等造っておけば汎用にも使えましょう。
 ……はたまた、除雪車キ100をユーレイにしちゃうのも有りかも知れません。小型蒸機の排雪列車であったり、あるいは弘南電鉄(本線及び大鰐線)の小型古典電機の推す排雪列車って可能性も生まれますから。
 
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2019年02月11日

【作品紹介】薬師山様の100系新幹線。飛行機前頭部利用の試案(CAD)

 先日紹介の、Mieshin氏の8幅航空機前頭利用の高速列車モデルの「返歌」的作品です。


 6幅用の飛行機前頭部品を使った100系のアイディア。
 飽くまで仮のもの故、窓配置などは突っ込まないでとのこと(笑)。

 アイディアとして、見立てとして凄く秀逸。

 無論、100系に見えます。一体前頭と自作下半部とのつながりも良好。100系の造形はかなり難しいものであり、未だに結論は出ておりません。案外、これがモアベター……? (拙作の100系は薬師山様の0系の応用なのですが、あれはあれで欠点も多いので)
 
 前頭部以外も見てまいりましょう。
 小窓の先行量産車9000番台というマニアック。窓サイズのバランス良いですね。案外この解釈だと量産車の大窓のほうが難しいのかも知れません(窓幅を3幅にするのは難しそうです)。屋根肩は丸みで綺麗。

 そして、二階グリーン。この車も処理の柔らかさに惚れ惚れ。この流れで大窓の食堂車も期待したくなるじゃありませんか!


 レンダリングバージョン。

 ひょっとしたら、こちらがより実制作の印象に近くなるのかも知れません。一体パーツゆえのスムーズさは魅力にもなり得ます。


 それでも。一体前頭ゆえの欠点もあります。鼻先が100系にしては高い位置になること、前面窓が3枚窓なのも苦しいかも……? 

 そんなわけで、飛行機前頭使わない薬師山様本来の100系も拝見したい気がします。0系や923形、500系で傑作ものにされておられるのですから。
 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | 国内の作品紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月10日

【鉄道作品 欧州形】国際寝台車会社 P形。1950年代の立体構造寝台車(15年ぶりのリメイク!)。

 国際寝台車会社(ワゴンリ)のP形は1955年製造のステンレス製寝台車で、従来のダークブルーの重厚な車体から一転した、画期的なものでした。


【画像はワゴンリのパンフより】


 米buddの技術提携。内部は同じくアメリカで流行りつつあった立体構造による1人用個室をもち、プライバシーと定員を両立させるもの。
 尤も、立体構造の個室寝台車は欧州でも1940年代にライバルのミトローパが既に実現してたりするのですが。

 P形は一部は1990年代に大規模な改修を行った模様で通常の2人用個室の寝台車になり、21世紀に入っても活躍が続いたようです。ステンレスは長持ちなのですね。
 流石に今は引退してますし、近代的な内外装故に鋼製ワゴンリの如く再活躍も難しいタイプではありましょう。静態保存車は有るようです。

 ワゴンリとしては立体構造はその後のT2形にも続きますが、ステンレス車体はこの一代で終わってしまいました。とはいえ、フランス国鉄は1970年代まで大量のステンレス客車を賞用しておりました。ミストラル等のTEEが思い出されましょう。

 他、実物画像こちらです。


 さて。過去にも(それもかなり前に)同題材を手がけました。
 もう13年も前です。2006年の3月の記事写真




 ちなみに初制作は2004年ころになります。

 

 今回は15年越しの完全リメイクです。


 特徴的な窓配置をよりリアルに。上段窓は飛行機窓。下段窓はパネルに。インテリアは準備工事……一応配慮は考えてます。

 深い屋根は飛行機の援用で、カーブスロープ2x2及び2x4をブラケットで組んでます。室内空間を広く取れるのでインテリア造るときも役立つはず。
 欠点はコストですが(苦笑)。

 窓上の濃青帯には軽く表記も入れて華やかさを。
 床下はやたら目立つ冷房ダクト表現してます。


 妻面は妻構体が張り出すゴツさを再現してみました。



 通路側は全く形状がことなります。凄くおとなしく、これはこれで良い。

 微妙な広さの窓と窓柱を横組で。窓上の縁もこちらのサイドは表現してバランス整えますした。

 前後の鋼製車とのスタイルのアンバランス。これはこれで味があります。

 

 ここで没バージョンも見せてしまいましょう。

 寝台側。下段窓は2x3トレイン窓を試してみたのです。一見悪くはないのですが。ただ上下方向に窓が大きすぎ、今の基準では苦しい感じもあります。
 なにより、コストが宜しくありません(苦笑)。


 はい。これでは駄目ですね。没バージョン通路側です。
 トレイン窓の3x4の旧灰を使う関係で、灰色がどうしても揃えられません。
 そして何より窓サイズの違和感が著しい。この窓もmazta-k氏やyonenaga氏の作品のように使いこなす方法はあるのですけども。でも自分の作品の雰囲気には合わないのです。

 また腰の波板部分、往年の#10022(サンタフェ)客車由来のラメ入りブロック使ってみたんですが、屋根等の新灰とあんまり相性がよくありません。このラメ入りブロックも今は高額なので潤沢には使えません。

 故に、没と。


 デビウは2月10日の運転会です。

 東欧への直通か? チェコ製の電機に曳かれて。


 二次大戦後だとかのオリエント急行も「東側」経由。東欧の機関車も似合うのです。


 スイス国内設定で。スイスの旧型電機(Ae4/7)牽引。
 この機関車は別記事にしましょう。


 濃青の鋼製客車に1両だけ新型のステンレスが混ざる編成も良いものです。1950−60年代の雰囲気と。この時代の欧州形は或る意味「古巣」なのですね自分にとっては。
 愛読書の「写真で楽しむ世界の鉄道 ヨーロッパ編」の世界です。


 この応用で、フランス国鉄のTEE客車(TEE INOX)もリメイク考えています。

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2019年02月09日

【作品紹介】hiro様の戦前「富士」編成 7幅フルスケール(2) マイネ37130とマロネ37350

前回記事 スイテ37000
http://legotrain.seesaa.net/article/464116899.html
 
 hiro様の記載だとマイネ37100でしたが、形状の特徴と「富士」のレギュラーであることからマイネ37130として紹介させて頂きます。

 1930年に5両が製造されたもので、「富士」の性格上一般の1等寝台個室(2/4人用)の他に、2人用特別室まで設けられる。特別室は寝台とソファが別れ、専用のトイレ付です。要人貴賓用であり一般販売されなかったとか(尤も汽車の1等自体が雲の上の存在ではありましたけども)。

 外形は窓の上下寸法の大きな1930年からの鋼製客車のグループに属します。つまりスイテ37000(マイテ39)と揃うのですね。まだリベットの目立つ車体でダブルルーフですが、それ故重厚さも際立つものでありました。形式図はたまた形式写真や模型などで見ると惚れ惚れさせられる客車でありました。

 この車の余談です。
 戦後は進駐軍接収時代を経て、マイネ38→マロネ49として一般の急行に使われていたそうです。「十和田」→「銀河」→「彗星」と1959年迄。
 ロネとしては2等A扱。即ちマロネ40やナロネ20等の個室と同扱いで、「特別室」も同じ料金だったとか。乗ってみたかった……。そして保存されなかったのが残念に過ぎます。

 それにしても。
 国鉄/JRの車両として、1959年のマロネ49の引退から此処まで豪華な寝台個室は1989年のスロネフ25 500/スロネ25 500を待たねばなりません。
 尤も、時代の推移であちらはかなり庶民的なもの。いい時代が(ついこないだまで)あったものですよね。


 寝台側より。
 レゴではリベットとまでは表現できません。然し、7幅フルスケールはそのフォルムと、そしてかなり正確な窓配置を再現します。左の窓が3つ並んでいる部分が特別室。
 2x2の窓を使った順組ですが、トイレなどの窓は白いガラス嵌めてるのが効果的です。

 TR78の重厚さは先のスイテと同様です。


 通路側より。
 右手が特別室となります。不規則に並んだ窓が独特の風情で、特別な車両であること物語る。


 恰も黒岩保美氏の客車イラストを彷彿させるかのような、インテリアとその魅せ方。

 左手から特別室。1等個室。1等個室。右手に車掌室。
 これを7幅に実装されてしまいますとは。そして窓配置も両立されているのです。

 内装がタン色で、これはニスの薄塗のイメージですね。
 特別室には専用のトイレ、ソファ、ソファの上には書棚まで。
 1等室も装飾や寝台灯があります。

 車掌室の折りたたみテーブルと、卓上灯。良い見せ場です。


 アップで。客車の内張りもあるのは見逃せません。


 通路側の内装です。左手から車掌室。通路のドアも再現し、そこから寝台の側廊に入ります。1等個室x2があって、その右が特別室です。


 製作中画像より。個室の設備の作り方、いろいろ検討されていた模様です。


 これはスイテの方かも知れませんが、個室内のソファ表現です。
 7幅客車用ですが、6幅なら思い切って通路を割愛すれば応用できるかも知れません。真似してみたいです。


 他車種にも共通しますが、ダブルルーフの作り方です。ベンチレータはジャンパプレート新型の挟み込み表現です。クリアの下地に白を入れているので、欄間窓が映えます。


 これも他車種共通ですが、開閉可能なドアギミック。停車中にドア開けておくと雰囲気がよいのです。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 二等寝台車。マロネ37350

 1929-1931年に49両が製造されたもの。やはり、窓の上下寸法の大きなグループでダブルルーフ。この前身である窓が小さい初期鋼製車がマロネ37300。また同設備でシングルルーフがマロネ37400で後進に。
 戦後はこの辺りを纏めてマロネ29となり、1960年代まで特急・急行に運用されておりました。

 車内は戦前の二等寝台の標準であったロングシート形の2段寝台です。今の基準で言うと?な設備ですが、昼間状態は3人ごとに仕切りのある重厚なソファそのものであり、優等車としての雰囲気あるものだった事でしょう。そもそも、明治から大正に掛けては1/2等車のほうがソファ状のロングシート?であったのです。

 なお、この種のシートは靴脱いで横に座るお客さんも居たとか。お行儀は兎も角、それはそれで快適であった事でしょうね。
(但し寝台長は1700mmしか有りませんが。こればかりは今の基準では辛いでしょう)


 反対サイドより。車端部が形状違いです。

 やはりTR78を履く重厚な車体。美しいものです。
 戦後もこのままの姿で初期の「あさかぜ」やら、1960年代までの「銀河」などに使えてしまうので、実は汎用性が高い客車でもあります。やはり現存しないのが惜しまれますね。

 余談ですが、戦後1956−60年代の2等寝台はABCがあり、Aが個室。Bがマロネ41やオロネ10等のプルマン式。Cがこの種のロングシート式でした(但し例外あり。スロネ30の4人室やナロハネ10等)。
 なので客車ファン同士の会話でB寝台、などの表現で話が混同することがあったりします(笑)。とはいえ、オハネ25以降の「B寝台」は嘗ての2等寝台同等の設備であったのですけども(スロネ30辺りの復活でもありましょうな)。


 車内(製作中版)。窓ピッチと寝台を合わせております。
 仕切り板をパネルとすることで実現、流石に寝台は固定に割り切りですね。
 座席状態では、青帯が座席の背を兼ねる表現です。


 同じく、こちらは完成版。
 仕切り板も茶色に揃うと雰囲気良く。


 車内全景。車掌室やトイレ、洗面台なども区切られています。

 屋根には全車共通ですが、照明の表現まであります。可能であれば、社外品のライトブロック仕込んだらさぞかし見栄えがすることでありましょうね。


 次回は、食堂車スシ37740と荷物車スニ36650を紹介します。
 
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2019年02月08日

【作品紹介】hiro様の戦前「富士」編成 7幅フルスケール、内装付!(1) スイテ37000


 紹介が遅れてしまったことを先ずお詫び致します。
 大物にすぎると、記事一つ書くのも大変なことになりますので。

 また、複数回に分けることもご容赦願います。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 さて。
 特急「富士」は過去のものになってしまいました。

 多くの方の印象に有るのは、東京から九州日豊方面の寝台列車でありましょう。これが1964年から2009年迄運行されておりました。20系→24系・24系25形・14系ですね。

 その前は、1960-1964年運行の特急電車。151系の時代です。
 
 更にその前は……。
 「富士」の歴史は日本の特急列車の歴史!

 1906年に運行開始の「最大急行」は東海道本線の1/2列車。この日本を代表した速達・特別な列車に愛称がついたのが1929年。1/2列車が「富士」。1923年から運行の3/4列車が「櫻」と。
 戦前の特急はまさに特別な列車であり、「富士」「櫻」、そして後に加わる「燕」「鴎」がその全てでありました。いずれも東海道・山陽本線です。

 機関車はC51からC53そしてC59へ。
 客車も木造車から初期鋼製車、広窓鋼製車に変わってゆき、また運行区間が下関まで延伸もされましたが、1944年に戦争のために廃止されてしまいました。
 
 余談幾つか。
 「富士」は1/2等専用。「櫻」は3等車のみ。とはいえ「櫻」の3等車は一方向け座席の特別な特急用客車でした。後に富士にも特急用3等車が加わります。
 廃止は富士が1944年。よくぞ戦時下まで残していたと言うべきですね。ドイツでは1940年には特急は全廃。連合国でも英国では相当早くに特急は運行停止されていますから。



 hiro様の作品ですが、1930年代初頭設定でしょう。


 鋼製客車で、1/2等のみの編成です。7幅で、ほぼフルスケールです。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 先ずは1等展望車 スイテ37000より

 鋼製展望車として最初のもので1930年に3両が製造されたもの。ほぼ同時期にスイテ37010も2両製造されておりますが、スイテ37000は洋式内装(アールデコ調 白木屋式とも)、スイテ37010はかの「桃山式」です。

 戦後営業用で残った3両は両者を纏めてマイテ39形(1・11・21)となり、マイテ39 21には1960年の廃車時までスイテ37000由来のアールデコの内装が残されておりました。鉄道博物館保存のマイテ39 11がスイテ37010由来の桃山式です。
 
 初期の鋼製客車でダブルルーフの重厚なものですが、窓サイズはやや大きくなり明るい印象になっておりました。


 hiro様の作品。露台周りの繊細さ。手すりのメッシュ。隅柱。細部への配慮が行き届く。展望車……というより古い客電車の必然、アンチクライマーもしっかりと。
 もちろん、富士のテールマークも表現されています。


 内装。左が展望室。右が1等客室。
 「富士」では個室の1等寝台車も連結ですから、展望車はすべて開放室でした。

 白いカバーの掛かったソファが並びます。この白カバー、大事な表現ですね。
 7幅なので、内装も自然に作られています。


 左が1等室。右が展望室。1等室には網棚の表現が。


 展望室。窓カーテンが効果的です。右手にはキャビネット。
 外装の白帯がちょうど、座席の背になっているのですね。

 流石に白木屋式の装飾表現まではありません。頑張って造るとすると幕板部分を側面ポッチ付きブロックにして、1x1やΦ1のタイルで模様を造る……?




 サイドビュウ。
 このスケールゆえ、帯幅は2プレート分。バランスが良いのです。

 展望室の2+2の広窓はマイテの象徴でありましたね。
 そして、1等室部分は小窓が並びます。メリハリのある側面でありましょう。

 三軸の台車(TR78)はイコライザをタイル表現です。
 そのかわり、固定軸で3軸(軸距空け)であり、走行抵抗は大きいかもしれません。全長32-34ポッチ程度のモデルなら、拙作のマイテ39 21のように軸距なしで車輪くっつけてしまっても良いのですが、この大きさではそうもいかないですよね。難しい問題です。

 でも、ルックスは抜群です。

 なお、ウインドシルヘッダーの表現は割愛です。正直なところ、無くても気にならないです。全体のバランスが良いので、ディテールの割愛が許される感じなのでしょうか?


 製作中画像より。床下機器の装着前ですね。


 実車には無かったものですが、1等室に備えられたオルガン。文字タイルによる鍵盤表現です。

 余談ですが。オルガン(ピアノ)常備した鉄道車両は日本では数える程しかなく。明治期の私鉄食堂車と、あとはサロンカーなにわのスロフ14 703程度でしょうか。あとオリエント急行'88ではピアノバー車の演奏があったそうです。夢のある装備ですね。


 これも製作中画像より。1等室にまだカーテンがありません。


 製作中画像より。ダブルルーフの造形が分かります。
 カーブスロープの充実で、ダブルルーフ表現が進化しているのが分かりますよね。

 先にも触れましたが、スイテ37000は現存しませんが、内装が異なるスイテ37010(マイテ39 11)は鉄道博物館で保存されています。その雰囲気を十分に伝える作品なのです。


【続く。次回は1等寝台車マイネ37100と2等寝台車マロネ37350です】
 
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2019年02月07日

【作品紹介】9850様のマレー式蒸機。おそらく9850形。華麗なる初陣!

 日本形……と思しきマレー式蒸機のモデルです。

 マレー式は開発者の名に由来するもので、前後二組の走り装置をもつ4シリンダ複式の凝った機関車。
 当然、それなりの大型機になりました。

 1913年に米 アルコ製の9750形が24両。同じく米 ボールドウィン製の9800形が18両。独ヘンシェル製の9850形が12両。結構まとまった数が輸入されたのですね。

 マレーは良く知られる東海道線勾配区間(箱根越え、要は御殿場線区間)以外にも、大津京都間、東北の黒磯白河間、信越の長野直江津間、関西本線の亀山加茂間と各勾配区間幹線用に広く投入。貨物列車用であり、旅客列車の補機にも。

 然し、使い難い機関車ではあったようで、御殿場線区間以外では定着せず。そこでも、丹那トンネルの開通も待たずに(D50が投入されたため)、1933年までに全廃されてしまいます。僅か20年足らずの活躍でありました。

 ドイツ製の9850形の1両が鉄道博物館開館時からの展示物となり、長く万世橋にあり、今は大宮に移動しています。日本で唯一のマレー式保存機であり、また唯一のドイツ製大型蒸機の保存機でもあります。これはおなじみの方も多いことでしょう。

 なお、日本以外ではマレー式は結構重用されておりますね。
 日本の鉄道車両史が複雑なもの特殊なもの、そして輸入品を嫌う傾向が極端であり(標準化や国産化は正しいのですが)、もう少し可能性を見出すことは出来たかも知れないとか思うのですけども。



 そのマレー式は日本で馴染みが薄く、活躍期間が限られることからあまり作例がありません。
 なにより、動輪という貴重部品を大量消費する題材でもあります。ゆえに、9850様が作られてきたときには驚きました。

 このモデル。黒い車体に赤いエンドビーム、真空ブレーキの立ち上げなど、如何にもな大正期の日本の機関車ですね。明治ほど派手でなく、昭和ほど禁欲的ではない、程よい鮮やかさではありませんか!

 9850形と特定して良いのか自信はないのですけども、全体にアメリカ機的なマッチョ感はありませんので、やはり交通博物館・鉄道博物館で見慣れたあの9850形で宜しいのでしょう。

 缶銅はカーブスロープ表現です。ゴツ目の煙室扉が嬉しい。

 肝心の足回りは、純正動輪のC形x2です。
 これだけで迫力十分ですね。惜しいのはマレーの魅力たるシリンダ部分の造形が平面的であることと、メインロッドの割愛でしょうか。前者は何らかの丸ブロック等の造形できたら素敵になりますし、後者はbikkubo式の簡易動作なら実装可能に見受けられますが如何でしょうか?


 サイドビュウ。
 缶胴と足回りの間のパイピングが効果的です。

 マレーでは後ろの走り装置は固定なのですけど、模型で作るなら前後とも旋回するように造るのは正解でしょうね。自分も造るならそうしますし。

 日本形らしくするのであれば、全長はもう少し……ギリギリまで詰めたほうが締まった感じに見えるかも知れません。後ろの走り装置一組を2プレート前進させる事ができたらかっこよさそうです。

 煙突はΦ1ではなくΦ2に。
 難しいかも知れませんがスチームドームや砂箱もΦ3な表現が出来たらより魅力を増しそうです。

 キャブは大きめ?かと思いましたが、実物写真観ると大きめで正解ですね。
 先の全長詰めしたらバランス良くなりそうに思えるのです。


 真上より。金色の汽笛や安全弁が綺麗です。


 この角度が、格好良い!
 
 6幅スケールの作品ですが、7-8巾の世界観にもしっくり来るバランスでありましょう。

 キャブ内。機関士と機関助手の二人乗務対応です。

 なお、窓枠は赤いパーツに黒塗装を一部行っています。いずれは黒の2x2窓に変更でしょうか?


 キャブインテリア。メータや弁、焚口がそれらしい。


 足回りアップ。


 スノウプラウも取付可能です。

 雪の中をこの機関車がやってくる情景はワクワクしますね。御殿場線区間では雪もありそうですし、信越線なら活躍の舞台が雪景色です。






 動力系はテンダドライブです、Powered UPのシステムを組込。
 実物同様の三軸の炭水車。機関車と炭水車の全長バランスも良好ですね。

 なお、PUならもう少し背を低くして、古典機らしさを狙えるかも知れません。2ブロック分ほど背を低くして、はみ出す電池boxは増炭枠で覆う手もあります。また、機炭間隔も2ポッチ分ほど詰められるかもしれないと思いました。


 8850様の8850形。
 初の蒸機作品……だと思うのですが、初にして抑えるべきところは抑えた良作です。幾つかご意見してしまったのは恐縮ですが、少しの改良で大きく伸びる作品と思うのです。今後の改良、または新作などに大きく期待しております。

 そして。
 可能ならば、hiro氏の戦前「富士」編成の補機として活躍してほしいものですね。
 7幅フルスケールは模型的に似合いそうです。また、初期鋼製客車は時代的にもマレーとギリギリ合致致しますし。
 
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2019年02月06日

【作品紹介】mieshin様の新幹線? City航空機部品の転身。

 Cityの一体成形品の旅客機も好き嫌いが分かれる製品です。
 個人的にはものすごく苦手なのですけども、対象年齢の、元来のユーザーが遊ぶことを考えると致し方ない作りではあるのでしょうね。

 その部品を使った高速列車のアイディアは幾つもあるのですが、しかし、このmieshin様のはなかなか魅力的なのでした。


 カラーリング。見事にE5/H5ですね。
 もちろん、E5/H5のあの複雑な造形ではなく、もっとシンプルなライン。然し、200系から100系の流れで理解できる「新幹線らしい」造形です。

 整って見えるのは、前頭部下半の造形でありましょう。
 汎用部品で一体成形部に上手く合わせるのは難しいのですが、見事に解決。

 ニクル目のヘッドライトも格好良いのです。

 スカートも凄く綺麗な形で、鉄道車両らしい造形です。

 雰囲気は最高速度260km/h以上の新幹線……というよりは、最高速度160km/h程度の「在来線の中ではむちゃくちゃ速い方」かもしれません。その解釈ならスカート前端に連結器や連結器カバー、あるいはジャンパ栓などあっても良いかも知れませんね。

 また、近年の新幹線ほど極端なスタイルにしなくても問題は無さそうです。
 カラーリングは「新幹線に合わせた!」で納得できそうです。新幹線に合わせたカラーリングの在来線車両の例は少なくありませんし。接続するフィーダー輸送用と思えば自然に思えるのです。

 側面は大きめの側窓の連続窓です。新幹線ほどシビアな条件が課されなければ、やはりこのデザインが納得できましょう。窓まわり黒く処理して連続窓風は定番のデザイン手法でsありますね。最近は廃れつつありますけども……。でも、それが平成初期らしい「味」でもあります。

 ……とか記しましたが、在来線用とすると床下スカート・台車スカートはオーバースペック? でも、格好いい。カラープランへの配慮で、ロングスカート有っても重苦しい印象になることは逃れています。


 3面より。
 どの角度から見ても破綻がありません。

 飛行機(旅客機)の屋根部品、案外8幅の鉄道作品に使えるかもしれませんね。大量の入手ができればですが。あと灰色・新濃灰などは確かなかったと思います。白なら入手性良いでしょうけども。


 8巾のメリット。運転席もゆったりしたものです。客席は作られていないようですが、左右に1列づつとか出来そうですね。

 この作品、一応は試作? 編成化の予定は未定?
 でも、面白いし美しい。3-4両編成程度でも実現したらと思わされるのでした。
 
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2019年02月05日

【実物鉄道】2月2日の伊豆急103貸切のまとめ3 クモハ103の中で100系を走らせる話。

 前回記事

 伊豆急100形の貸切 乗ってきました(1)「スコールカー」復活!?
http://legotrain.seesaa.net/article/464000901.html
 伊豆急100形の貸切 乗ってきました(2)午前の撮り鉄篇/遂に「ご対面」!
http://legotrain.seesaa.net/article/464001000.html



 いよいよ、2月2日の午後便乗車です。

 下田駅ホームで手早く板をネジ止め。
 車内に搬入。そしてレール敷設。約5分ほどで終わるのですが、その5分が惜しいスケジュール。関係者のご協力があってのことでした。ありがとうございます。



 こんな設置状況です。
 「山」などの立体地形用に用意していた「板」ですが、実に都合よくボックスシートの中に収まりました。富山・黒部・JAM・函館と結構活躍してくれてますね。

 架線柱だけは立てましたが、シーナリーは用意する余裕ありません。ここは無理を避けて正解でした。

 9Vですが、電源はPFからの給電(「どこでも9V」)です。




 運転開始。ハワイアンブルーでいっぱいです。


 これは走行中。深い緑を眺めつつ。
 意外と飛ばしますが、それほど揺れません。運転に不安はありません。但し、電車の加速減速での物理的影響は受けてしまうのですが。

 四隅の丸みの大きなアルミサッシがこの時代の電車ですね。
 テーブルには栓抜き。
 そのしたには灰皿の跡があります。昔は喫煙可能だったのでした。


 停車中。比較的定員に余裕のある貸切です。
 
 窓の金具やアルミサッシ。こんなものも今は十分レトロに見えるようになってしまいました。この電車が現役の盛りは、古いと言えば木製や真鍮製だったのですけども。


 トンネル内。蛍光灯なのに、何故か暖かい光です。
 デコラの色が暖色系のゆえか。

 蛍光灯自体がLEDに駆逐されつつ有るのもまた事実です。


 貸切の時間は長くはなく。あっという間に折り返しの片瀬白田付近へ。
 
 海沿いをゆきます。列車は100系から、デハ3608の曳く貨物列車へ。


 側面の窓と、後端の窓全てに海面が映り込む。

 この電車、まるで船のように海の中を往く。<<続きを読む>>
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2019年02月04日

【実物鉄道】伊豆急100形の貸切 乗ってきました(2)午前の撮り鉄篇/遂に「ご対面」!

 前回記事
 伊豆急100形の貸切 乗ってきました(1)「スコールカー」復活!?
http://legotrain.seesaa.net/article/464000901.html


 そして本命。100系 103。午前の貸切便です。

 しかし順光に過ぎて、車体色が飛んでしまう。色が綺麗に出ません。
 ワイヤーは多いので、ガチな写真向けの場所ではないのかもしれません。


 前サボは「貨物」。

 なかなか午前の貸切グループさん良いセンスですね。
 クモハ100形は電機の代用も考えた車であり、ED25導入前であったり、また導入後もED25検修時は貨物列車牽いてた筈ですから。貨物サボのクモハ100は昔の写真で見た記憶があるのですよ。


 もう1枚粘ります。良いサイドビュウですね。

 撮影後直ぐに稲梓駅に戻り、伊豆稲取へ移動します。午前の貸し切り電車は片瀬白田駅まで走って、1駅だけ折返し稲取の貨物側線入線。また片瀬白田に戻るダイヤですのでそれを伊豆稲取で撮りに行く。

 移動は普通の8000系。
 乗車券は東京・横浜の単純往復より1割安い「南伊豆フリー乗車券」。伊豆急乗り放題。


 伊豆稲取駅。
 三角屋根に、伊豆急行開業当初からの面影を残します。実は貴重な駅本屋じゃないでしょうか! 昔の写真で見ると、伊豆高原も同じスタイルだったみたいですね(改築されて久しいですが)。

 1960年代のモダンというか、あの時代の観光地感ですよ。
 中では売店も営業中。それなりの拠点駅でも有るのですね。


 左手の築堤が本線で、一番手前が稲取の貨物側線です。貨物側線は伊東よりにポイントあって入れるようになってます。

 交換出来る2線+貨物側線x1。ここの側線の一番奥にサシ191が1973-1974年頃留置されてたらしい。伊豆高原に置き場所なかったんでしょうか?


 ここに貨車が溜まってた時代あったのでしょう。
 もっとも1本だけの側線では、入換は面倒だったでしょうが。ED25がえっちらおっちら? そんなのか1981年迄。


 三角屋根の内部。左手に売店。右手に改札口→ホームです。
 伊豆急の駅はやや高台にあること多く、基本的に地下通路連絡ばかりで跨線橋が殆どありません。


 この逆台形の窓、いい味出してます。



 さて。本題の103です。

 伊豆稲取周辺は撮影地に乏しく、お手軽に駅構内で撮ってしまいます。

 伊東方から1駅戻ってきて、貨物側線に入るところを狙いました。
 背景に海が入るのがちょっとうれしい。


 電車の窓の向こうに、青い海が見えます。
 こうしてみると100系、窓の大きな電車であったんですね。


 貨物側線は此処までしか入りません。良くみると電車の足下にATS地上子が。


 トリミング次第で。本線走ってるようにみえなく、なし?

 この撮影後、遂に下田へ向かいます。
 せわしなく普通電車に。今度はのんびりそのまま乗り通し。昼食時間です。


 伊豆急下田についたら、その少し手前にある鉄橋で狙います。此処まで徒歩10分位。ここもお手軽ではありますが、長編成向けではないですね。

 先ず、8000な普通を。
 これが100系の6連普通だったらなぁ(苦笑)。


 185系。これも引退が実は秒読みなのですよね。
 ありがたみと言うか実感は沸かないのですけども。

 なおこの場所。桜並木です。桜の時期には別ムード狙えるかもしれません。185系と桜の組み合わせもあと1シーズン限り?


 もう一度、普通。
 この8000系も、何時かは貴重と言われれ日が来るのでしょうか……?


 本命。光線もよく。
 これが今日のベストとしておきましょう。


 2枚め。タイミング外してしまいました。
 この場所、単行の電車撮るタイミングがかなりシビアです。自分の腕に頼るよりは連写したほうが確実かもです。デジタルなんですから。


 駅まで戻る途中で、到着した午前便の貸切が下田駅の側線に入るための入換中。
 伊豆急って意外と(いや当然か?)踏切少ない。


 下田駅に戻ってきました。
 クモハ103は側線に。その隣には251系が並びます。

 この側線にEF58やEF65。14系が居た時代があったのは俄に想像し難いですよね。


 そして、貸切団体に合流です。
 
 先ずは1線空きの撮影タイムに。
 下田寄。パンタのない側です。こちら側はヘッドライト周りの青のない、初期の塗り分けだそうです。また床下はスカートなしの原型を保ちます。


 こちらは、伊東寄(熱海寄)

 100系の末期、クモハ100形の4両は熱海寄先頭車に付くことが多かった記憶です。

 パンタ配管が通りジャンパ栓も目立つ、より力強い顔つき。
 ヘッドライト周りの青塗りの有る顔のほうが馴染み深いですね。幌枠も備わりさらに力強く。惜しいのはスカートが後付(1990年代)された事でしょうか。先頭に立つこと多かったのでやむ無しなのでしょうが。


 そして、遂に実物との「ご対面」。


 良かった。煩いこと言わなきゃ、色も形も「正解」でありました。

 ウチの伊豆急は2016年暮に作ったのですが、その頃からクモハ103号の運行企画が激減して気軽に乗れない状態になってしまいました。(参加しやすかった「レトロ電車ぶらり旅」が2016年冬で打ち止め)。
 実物合わせの機会がなかなか取れない状態が続いてしまってのです。


 パンタ側です。


 実物も、再度入れ替えして、いよいよホームにやってくるところです。
 ちょうど出発直前の後方確認ヨシ!
 

 いよいよ。乗車です。
 
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2019年02月03日

【実物鉄道】伊豆急100形の貸切 乗ってきました(1)「スコールカー」復活!?

 遂に二度目の引退となってしまう、伊豆急行の創業時からの車両 クモハ100形103号。
 その貸切企画に参加させていただいたため(延藤勝海様、感謝です!)2月2日に参加してまいりました。

 貸切で走るのは伊豆急下田→伊豆稲取→伊豆急下田の1往復。約1時間半ほど。

 その前にもいろいろ撮影などしてきました。


 当日は5時出です。
 そんな早い時間でなくても間に合いはするのですが、午前中に「撮り」を考えるとこうなってしまうのでした。荷物(笑)。
 例の板です。例の板真ん中で接合できるようにしてどこでも展開できる運転板化。


 横浜でFBI氏・小田原でてりやき氏と合流。
 
 移動は普通電車ですが、皆さん意外と大船から先の東海道線普通って乗ってないのですね。ン十回と乗ってる自分が驚きです(笑)。


 熱海では「1本余裕持って乗換」(重要)

 というのはリゾート21使用の普通電車の席取りが有利ですから。理想は2本の余裕ですよ。

 キンメ電車は乗るの初めてです。
 というか伊豆急、意外とR21のスジに当たりません。100系主力だった時代から(苦笑)。3人なんで窓側向いた3人並び席確保。

 実はこの席も座るの初めて。みんなも初めて。


 100系4連。復活!
 この景色がお気に入りです。海岸と里とリゾートが全部の伊豆らしい雰囲気で。

 R21乗ったらやりたかったのは、窓際のテーブルで伊豆急を展開することでした。そして沿線風景と併せて撮る!

 キンメ電車の窓部装飾が邪魔? いや、車内外の違和感を緩和する作用があるのだと思いたいです。




 いよいよ、海沿い!


 そしてもう一つやりたかったのが「スコールカー」復活!

 よく言われるよう、1962-1972年頃運行されたサシ191 スコールカーではサントリーが予算出してサントリービールの広告用だったという車です。

 撮影用に、サントリービールとトリス用意です。
(まぁ、どこでも入手できる現サントリービールは「プレモル」ですけども。
ところで、「サントリービール」の瓶って今も業務向けとかに製造してるんでしょうか?)

 そういやスコールカーではトリス等ウイスキーはポケット瓶で出すだけだったのか。それともハイボールとか作ってくれたのかしら?
 意外と「スコールカー」のメニュウって見たことがないんですよ。コンロなどないので熱源の居る調理が不可だったのは判るのですが。あと生ビールの提供は当時は出来てたんでしょうか? 生ビールのモバイルサーバーの普及は1980年代以降の筈ですから。



 とかまぁ、めんどくさい考証抜きに。
 海沿いで乾杯!


 ハワイアンブルー、とは良く言ったものですね。

 100系の青い色は、海の色です。


 下田の2つ手前、稲梓で降車です。

 ここは雰囲気よい鉄橋があるので目をつけてたのでした。
 駅自体も程よい秘境駅というか、里山感があって良いところです。


 雰囲気よい神社がありましたので、その境内から。
 
 先ずは手慣らしに251系。
 251系も、遠からず消える運命なのですよね。でも、外道(釣り用語)です。


 さっきまで乗ってた「キンメ電車」の折り返しです。

 この赤、凄く写真映えします。悪い配色では無いのですよね。
 個人的にはR21は些か派手にすぎたオリジナル塗色より、「黒船」「ドルフィン(100系色)」「キンメ」の方が好みです。


 この場所。6連ならきれいに撮れます。7連微妙。
 185の10連とか完全に入りませんね。

 20分位待って、本命を待ちます……(続)
 


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2019年02月02日

【作品紹介】超豆茸様の都営5300形。麗しき流線型。/京成3050形 スカイアクセス

 東京都交通局 都営地下鉄浅草線の5300形は1991年デビウ。
 今思えばバブル期の通勤電車であり……。アルミボディはホワイトに塗装。前面は流線型。華やかなインテリア。理想主義が開花したような電車でありました。
 京成の成田空港直通で盛り上がる90年代初頭、一気に5000形を置換えてしまいました。全車8両固定です。

 運用範囲は成田空港から三崎口/新逗子まで。1号線規格の全域です。
 以前は京成上野にも入る運用ありました。

 但し、京急線/スカイアクセス線の120km/hのスジに乗れないのが欠点のようです。
 
 それから……京急沿線で乗る分には実はハズレ車です。京急車のセミクロスや、はたまた全ロング車であっても柔らかい座席に慣れていると、都営は硬いなぁ(見栄えはいいけど)になってしまいますので……。あ、5500形は座席よくなってるんですよ。

 現在、5500形の導入が急ぎ進んでいるようです。5300形観られなくなる日は案外近いのかも知れません。
 ハズレ車とか言って避けてる場合じゃないかもですね。


 それにしても、地方譲渡とかないのかしら?
 デザイン次第で凄く丸く、可愛い電車に化けそうな気がするのですけども。
(尤も標準軌なのは不利ですが)


 さて。超豆茸様の作品。前面の構成が素晴らしいです。

 きちんと、流線型の丸みが顕れてる。前面窓を小分け横組み表現してピラーなど表現してるのも「正解」でありましょう。トランスブラックに新濃灰のピラー・非常口枠は正解してる表現です。この種のデザインの電車表現の、革命になるかも知れません。

 前面下部も良い雰囲気です。連結器廻りの張り出しはパネルで表現。あの肉薄感が分かります。逆テーパもこの電車だと大事ですね。

 ダミーカプラーも良い造形です。

 惜しまれるとしたら、都営マークが1/4円タイルでありましたら! あの部品は都営交通のマーク表現にベストでしょうから(普通の緑はあったと。ライムはあったかな?)。


 側面はスタンダードな組み方です。
 資材の関係で難しいとは思うのですが、然し屋根肩をポチスロで仕上げるか、思い切って45度の白スロープで仕上げたら張り上げ屋根の感じが出せたかも知れません。

 それでも、5300形のニュースタイルの可能性、感じさせます。


 さて。こちらは試作バージョンでライト点灯。
 やや構成に無理があったのか、上記の完成版に改造されたそうです。

 完成版の方がライト位置1プレート下がり、実物の印象に近くかつスマートになっておりますね。この改修は成功でありましょう。


 完成版に戻って。
 
 左が初期車のショートスカート。右が後期車のロングスカートです。
 どちらがお好み? どちらも良いですね!


 編成で。


 そして、もちろんフル編成なのでした!



 当然ですが、京成全形式・京急全形式と世界観が揃う電車です。
 造っておけば活躍の場は無限大でありますね。

 ところで、次回作が有るとしたら、やはり5500形でしょうか?
 一方で、5000・5200形も懐かしかったりします。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 もう一つ。京成の3050形。

 3000形のバリエーションの一つで、スカイアクセス線開通に合わせた特別仕様車。塗装や内装などで差をつけた。運用の区分区別があるのかどうか分かりませんが。

 もちろん、先に作られた3000形ノーマルの応用です。


 でも、側面の青帯で印象が大きく変わってくるものです。
 窓まわりの青処理は、嘗ての箔d車、北総7000形を彷彿させるものありますね。赤の印象の京成に対して、青の北総でしたから。


 中間車。ワンアームの、2パンタです。

 
 もちろん、フル編成です。このボリュームに慣らされてしまいつつありますが、8両造るのってやはり大変なことです。資材も、労力も。




 おなじみの動画です。やはり構成・編集が巧いのですね。


 ところで。
 超豆茸様は京成前形式と都営現形式。あと京急もほぼ全形式を作られております。この流れでは……次は北総鉄道? C-Flyerあたり、凄く気になるのですが、如何なものでしょうか?
 
 自分も京急再開したいと思いつつ。
 北総7000形や都営5000形(旧塗装)あたりも何時かは……です。
 
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2019年02月01日

【イベント】1月26日「第3回レゴブロック展示会in梅小路」先祭りのツイートまとめ

 恒例化している、梅小路の展示会です。
(雪に降られるのも恒例化してるようですが)
 参加できませんでしたので、ツイートまとめで失礼します。

 で、先ずはこの一枚から



 主催。かう゛ぇ様の先代 京都駅舎。

 モダニズム建築元来の良さを酌み取った作品!
 大きなものをミニフィグスケールに落とし込むこと、また一歩間違うと「無機的にすぎる」題材を上手く表現することにも成功しております。新快速の看板も懐かしいものですね。今後も京都のイベントの顔として、活躍して欲しい作品です。

 さて。
 次回(後祭り)は3月3日(日)同会場となります。今度こそ天候に恵まれると良いですね。
 https://t.co/OXPX5plfuN





















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posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | LEGOイベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする