同形が3両製造。改良形の7500形が1両製造。
いわゆる炭鉱私鉄の気動車ではありませんが、小さな窓と前面2枚窓に道内私鉄に気動車によく見られたもの。
また、エンジに白帯のカラーリングは、羽幌炭鉱とも共通しますよね。
前面2枚窓はいわゆる湘南顔なのですが、日立設計の車は後退角が極めて小さなちょっと違った印象になっています。同種の顔は留萠鉄道にも居りましたね。
定山渓鉄道線は1969年に廃止され、この車両そのまま廃車解体。12年という極めて短命・幸薄な車両でした。
それでも、他の道内私鉄の気動車は多くは内地の私鉄に譲渡されています。この車が売れなかった理由は気動車の権威 湯口徹氏も訝しむところでしたが、未だに解明されざる謎。ただただ、惜しい車ではありました。あぁ鹿島鉄道とか茨城交通辺りに転じていれば……。

レゴ的には、側窓の数を省略であっさり造ってます。とはいえ、この色のインパクトは未だ大きいですよね。
側窓は高さ4プレート分。道内気動車らしい小窓感表現です。
床下機器は手抜きです。すいません。
動力は抜いていますが、9Vモータは装着可能です。

前面は彫りの浅い、日立製湘南顔の表現として、思い切って後退角を省略してしまいました。
傾斜角は付けています。
これでシンプルになるはずだったのに、前面のヒゲ塗り表現のため、やや面倒な組みが発生してしまいました。
ヘッドライト両脇のホーンはいいアクセント。

並んでいるのは定山渓鉄道ではなく雄別鉄道の9046ですが、定山渓鉄道にもオールドアメリカンロコ8100形が1959年迄は居た由と。
あの時代の道内の私鉄の醍醐味は古典蒸機と「最新」気動車の並びが見られたこと。
尤も、最新だった気動車も殆どは路線廃止で、良くて北海道を追われ内地へ転じていくのですが……。
こんな気動車や機関車、まだまだ造ってみたいと思います。