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2017年04月12日

【イベント】「海の底さえ汽車はゆく」(ブリックライブ北九州より)

 「海の底さえ汽車はゆく」このフレーズが大好きです。
 なんとも、ファンタジックで力強く。そして鉄道屋と土木屋の誇りが強烈に感じられるじゃありませんか。

 ……ただ、歌われている歌は余りに戦争末期のつらい状況故の歌詞であり、お世辞にも褒める気にはなれませんが。(戦時歌謡全て嫌いってわけではないですが)
 また、記録映画のタイトル「海底の鉄路」も、その重みを感じさせるのです。

 閑話休題。
 ブリックライブ北九州。日本初の、そして長らく唯一の存在(※)だった海底鉄道のあるこの地で、この撮影ができたことはまことに感慨深い。

 ※:日本で海底トンネルで旅客列車運行があるのは、関門トンネルの次は1988年の青函トンネルを待たねばなりません。とはいえ東京の貨物経路には1980年代に幾つか海底区間が発生しています。その流れで、今は「りんかい線」も海の底を走っています。



 ジンベエザメの許。汽車は海底の都をゆく。

 ジンベエザメは直江さんの作品です。かつて那須ハイランドパークに展示されていたもの。今回は、久々の展示。久々にやってきた晴れの舞台!
 ホワイトブロックによる都は、現場でお客様が組まれたもの。


 嘗ての「達人」と今の子供達。
 奇跡的なコラボがここに実現。もちろん、閉会後に撮影させてもらいました。
(3日目の閉会後)


 「海底列車」は、EF10形電気機関車の牽く20系客車。
 これは1958-1961年の組み合わせです。

 1930年代に製造されたEF10形電気機関車は1942年の関門トンネル開通に合わせて門司に配備されました。未だ山陽本線も鹿児島本線も未電化で蒸気機関車だった時代、下関と門司の海底トンネル区間のみは電化され、この区間専用の運用が行われた由。
 4両ほどが外板をステンレスに改め、中でも24号機は未塗装の銀色車体で活躍しました。

 20系客車は1958年から、東京〜九州方面の寝台特急用に投入された初代ブルートレイン。


 ゆったりと、泳ぐ。
 モータの音ジョイント音、高らかに響かせ、駆け抜けてゆく。

 絵本のようなファンタジィの世界、実現したのでした。


 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | LEGOイベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【実物鉄道】北九州出張備忘録+門司港レトロ++関門航路体験記「海の底さえ通勤電車はゆく」?

 北九州行の備忘録です。

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 3月31日(金)
 19時までに設営終えて、20-23時ころ関係者一同で呑みます。
 ホテルに戻ったのは0時過ぎ。美味しくて楽しかった。でもハードでした(最後の方でポン酒呑みまくったので)。ご馳走してくださったS様、有難うございました。

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 4月1日(土)
 朝起きて携帯電話(林檎の5s)無いことに気がつきます。昨夜呑んでからよったコンビニとか行くけど無い。昨晩の呑み屋に忘れた可能性を掛けて、不安なママ会場入り。運営頑張ったのでした。

 しろちゃいぬさんの支援もあり、なんとか警察に連絡。
 発見の連絡に、やや感涙。小倉はいい街です!(まぁauの5sなので市場価値が無いのも大きいかも、ですが)

 終了後18時から、呑みの話を断って、駅前からバス乗って警察署まで引き取りに。結果的に小倉の市街地を眺めて、西鉄の路線バスに乗れるというプチ観光?
 宿戻ってブログ書いたりして23時過ぎに。晩飯は牛丼買いに行って済ませる。

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 4月2日(日)
 早朝起きで、しっかり朝食。朝は雨模様です。

 しかし、帰りは雨も上がってました!

 会場付近からの遠望。工場萌え!

 工業地帯の光景というのは、1950年代までは肯定的に捉えられていた感があったみたいなんでんすよね。でも、70-80年代は公害とかで超ネガティヴイメージ。自分の世代はそういう価値観で育てられましたよええ(苦笑)

 しかし、近年はポジティヴなイメージに転じてるのは承知の通り。


 小倉駅出て、モノレール。この情景、いつか九州帰ったひだかさん再現されないかしら?


 小倉駅内エキナカにて。昔の小倉駅の写真。如何にも、九州鉄道時代からの駅という趣。
 これなら、レゴでも作れます?

 この日はエキナカで一人呑み(おでんと「一銭洋食」)。
 久々に早寝です。

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 4月3日(月)
 早朝起きで、しっかり朝食。


 天気はよく、気持ちよく「出勤」? 3日目にもなると良い意味の慣れも出てきました。



 帰りに小倉駅前でみた、えらくごっつい車。
 ただの痛車じゃなくて、ガチなレースカー?

 宿に戻って、仕事(苦笑)。そしてブログ書き。
 やはり晩飯23時過ぎ。ご馳走食べる余地なぞないのです。行こうと思ってたとこが締まってて変わり探すと睡眠時間が削られる……。

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 4月4日(火)
 早朝起きで、しっかり朝食です。
 ただ、事前準備の必要ないので会場着も8時過ぎでよく気楽。


 天気も良いですし。

 この日は北九州の最後の夜になるので、終了後は思い切って門司港へ出向きます。2-3時間もあれば一回り出来るだろうと。


 夕方17時過ぎ。小倉来て5日目、やっと九州の列車を間近に見ました。
 787系は25年も前の電車なのに綺麗ですよね。今の電車って老けるのが遅い感じ。

 ここから普通電車で軽く門司港へ。3駅。


 この辺の電車は転クロ率高いけど敢えてかぶりつき。
 側線を2本挟んで、その右に見えるのが「海底の鉄路」関門トンネルへの入り口。

 小倉から門司港まで、どこかの操車場がずっと続いてるかのように常に線路がいっぱい。門司港方面への分岐を過ぎて貨物はなくなっても、今度は旅客系統の電留線が広がってます。国鉄時代は関門トンネル下関方面の方がメインで、門司港方面分岐のほうが支線的印象でしたが、分割後は逆になった感じ。
(恰も関門トンネル開通前のような?)門司港系統の方がメインラインで、下関方面は今や支線的扱い?


 門司港着。5分ほどの乗車。どうでもいいけどなんで811系って水戸岡デザインにならないんでしょう? 更新時辺りにやるのかしら。

 門司港駅は数年ぶり2度め。


 門司港駅。インダストリアルなプレハブが特徴(苦笑)。
 この特徴ある駅舎も数年後に解体され、ただの洋館になってしまうとか。
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posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 実物鉄道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする