(その後は一気に衰退してしまうのですが。日本や欧州とは事情がかなり違います)
左から、
http://www.brickshelf.com/cgi-bin/gallery.cgi?f=497394
M-10000(1934年)
http://www.brickshelf.com/cgi-bin/gallery.cgi?f=497396
エアロトレイン(1957年 やや時代が違います)
http://www.brickshelf.com/cgi-bin/gallery.cgi?f=497398
パイオニア・ゼファー(1934年)
国内では他に作る方の居ないジャンルです。それだけに印象が際立つ。
また、本場アメリカのトレインビルダー方もこの種の題材は手がけておりますが、やはりサイズが過度になるか(それはそれでアリですけども)、或いは如何せん納得できない造形だったり。
身びいきかもしれませんけども、enquete-art様の作品は世界に通用するものと思うのです。
今回は、ユニオン・パシフィック鉄道の「シティ・オブ・デンバー」(M10005/M10006)。
実物に関してはこちらの解説が詳しいです(おすすめ!)
「アメリカ旅客鉄道史+α」>「アメリカの幹線旅客鉄道」>4.流線型列車のさきがけhttp://www.usrail.jp/pt-4dliner.htm#4-4
1936年に導入された、軽量高速の電気式ディーゼル列車編成。
先のM10000の改良型であり、1200馬力の動力車が2両で、アルミ製の軽量客車を連ねたものでした。シカゴから西海岸への大陸横断ルートの2泊3日に渡る行程で運用され、当然ながら寝台車や食堂車も含む編成。
それにしても。
あの独逸でさえ気動車特急(フリーゲンダー・ハンブルガー等)はせいぜい昼行のビジネス特急用。日本ではキハ43000や満鉄ジテ1に大苦戦していた時代。そこに超長距離の連続高速運転を実現していたアメリカ。
……こりゃ、勝てないわ第2次大戦。
閑話休題。
この時代のストリームライナーは未だ鉄道会社主体で独自の設計を行っていたもの。M10000/M10006も一品モノといえる編成。
その後、1940年代半ばから機関車(動力車)も客車も、一気に車両メーカ主体の規格量産型中心となっていきます。無論、その時代もまだまだ鉄道旅客輸送の全盛期であり、メーカ主体の車両に各鉄道会社で「味付け」した列車も魅力的ではありましたが。
(1950年代流行った「ドームカー」も多くはメーカーの規格品です)
そんな中では、一品モノのストリームライナーも扱いにくい存在となり、製造から17年の1953年には引退してしまったのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
brickshelfより
http://www.brickshelf.com/cgi-bin/gallery.cgi?f=568961

実物は動力車2両で、もっと長編成ですが、巧く4両編成に要約。
動力車。荷物車。寝台車。展望車の編成です。
ユニオン・パシフィック鉄道の黄色と赤……というのは、今のAmtrakのカラーリング以上に「大陸横断鉄道」を印象付けるものでありましたね。これも、この流線型列車時代に始まったものです。

強烈な印象の動力車。後世の標準的なディーゼル機関車とはいろいろなところが違います。
扁平なボンネット。その前頭には左右に別れたグリル。
スマートな、客車と一体性の強い後部車体。
そして、ずらりと並んだ細かい丸窓。
お仕着せにはない、個性の持ち主でした。
enquete-art様作品ではフロントグリルの表現・処理が巧いです。
クリップとクリッププレートで付けられた角度。それを階段状に並べて綺麗な流線型を形作る。グリルがあるってことだけで物凄く難度高い形状ですのに、そこを乗り越えてる!
こうなると、やや惜しいのがボンネット天板部。
緑色はUP機の良いアクセントなのですが、ここをカーブスロープでもう少しスマートに処理されていたら鬼に金棒でしょう。

動力車側面。流線型であっても、手すりはディーゼル列車だと良いアクセントになっています。丸い窓はΦ1タイルに依る処理。

荷物車側面。ドアの意匠が良い感じ。流線型になっても昔の流儀が残ってる感。

客車(寝台車)。窓上に寝台小窓のあるプルマン式寝台。
なお、隣の展望車との間は連接構造になっています。

客車(展望車)。

最後尾より。流線型展望車は昔のアメリカの列車では欠かし難い存在。
横組側窓から、カーブウインドウを意識した斜めの窓へのラインが綺麗。
enquete-art様は日本では数少ないアメリカ形ビルダーですし、選ばれる題材も毎回おおっと唸らされるものです。次のお題も、楽しみにしております。
そして、自分もいつかアメリカ形デビウしたいなぁ……と思わされるのでした。