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2016年11月25日

【作品紹介】エース君の近鉄2200形・2227形。歴史的名車。


 参宮急行2200形は1930年製造の、当時として画期的な大型・大出力の長距離用高速電車。上本町〜宇治山田間に投入されました。今の目で見ると真四角な電車に見えますが、当時はそれが最新のモダニズム。木造車時代の意匠から抜け出した、鋼製電車ならではの近代感を誇っていたのでした。
 長距離用に相応しく両端に寄ったドア。1800mmもあった、国鉄2等車並のボックスクロスシートも自慢!

 2227形はその増備車で、1939年製造。
 張上屋根になってより美しく。ドア配置は中間よりになったものの、クロスシートは転換式に。

 両者とも大阪線急行に終始用いられ(1947-1960年頃は2227形の一部は「特急」格上げあり)、1974年に引退。支線落ちも出来なかったのは、その大きさ・大出力の故でしょうか※。2200形は3ドア化されていましたが、それでも最後までクロスシートを維持。後継の2600・2610系に道を譲ったのでした。
 2200形・2227形は近鉄特急のルーツでもあり、また5200系などの大阪線急行用クロスシート車のルーツでもあるのでした。

※;同じ時代の弩級電車は概ね退役が早く、使いやすい中型車のほうが後年まで長生きした事例が多いです

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 エース君の作品としては異例とみるべきか? はたまた「必然」と見るべきか?
 歴史系への進出は嬉しい限りです。関山が最も好きな電車の一つですし。
(近鉄歴史沼は深いです。ただ、資料・記録が多めなので危険度は小さい? 大軌・参急・伊勢電・関急・大鉄・吉野その他諸々……)


 モ2200を先頭にして。ク3100とモ2227を従えて。

 時代考証は1960年代から引退の頃まで。色は近鉄マルーン(1963年)。2200形が3ドア化(1960年以降)されたあとの時代です。
(特急では10000形や10100系、旧ビス・新ビスの全盛期でもありますね。並べてみたい!)

 車体造形は荒削りな印象はあれど、dyson氏流儀のぶっといシルヘッダは2200のイメージ通り。シールドビーム2灯化や3扉化、また先頭床下のATS地上子も、末期の近代化された姿ならではの良さがあったこと感じさせます。
 
 幌枠がとても重厚。逆三角に張り出した台枠端面の処理。ダミーカプラー。巧い処理です。


 2227形が2200形を従えて。張上げ屋根での差別化に成功しています。より、美しく。

 2227形は最後まで2ドアのままでした。前面の片方が塞がれていますが、ここはトイレがあったためで独特の表情でした。厳密に申せば2200も2227もパンタのない側にトイレだったのですが、此処は野暮言いっこなし。

 重厚さとスマートさの入り混じった2227形の表現として、申す言葉が見つかりません。側窓はパネルで割り切ってますけどこれは一つの回答として違和感の無いものですし。それよりも三角形のベンチレータやら、貫通扉やその桟板。「赤地に白丸」であった急行前サボの印象に目を奪われます。


 3並びの顔。
 モ2227形。同系の制御車ク3100形(? パンタがないので)。モ2200形。やはりDyson氏流儀の大きな前照灯が作品の印象を良い意味での「戯画化」に導いていますね。
 なお、何時かでかまわないのでモニ2300形も欲しいと思ったり。荷物室とコンパートメント(!)を持つ凄い電車でしたから。


 往年の大阪線急行のイメージで。
 こんなツリカケ・クロスシートの電車で青山越えて大阪から伊勢や名古屋へ。
 特急とは違う憧れを誘うものです。嗚呼 乗ってみたかった……。
(5200系で決め打ちできれば、この気分を再現できるかしら?)


 制作過程での、2200形の2ドアバージョン。
 濃緑から近鉄マルーンへの塗替えと、3ドア化改造のタイミングが微妙にずれているので、おそらくは存在しなかった? そのためか、ボツに。

 何時か緑色での再チャレンジに期待しておりますよ! (混結だって過渡期にはあったと思いますし)
 
posted by 関山 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内の作品紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【建築作品】二代目辻堂駅舎(1924?-1977)

 辻堂駅100周年に絡む催しなのに、肝心の「辻堂駅」がない……のはちと不味い。

 しかし、現在の辻堂駅はかなり大規模な橋上駅舎です。それも拡張を繰り返しているため「掴みどころ」も「シーンの切り取り」も困難なもの。この種の建築はレゴとは非常に相性がよくありません。少なくとも、自分の手には余る題材です。

 それじゃ、過去に遡ってみましょう。
 

「NPO法人 辻堂の民 辻堂駅の歴史」
(以下写真も引用)


 辻堂駅は1977年に橋上駅舎になる前は小さな小さな木造モルタル。
 これなら、レゴで作れる!


 なお、初代駅舎は1917年。やはり木造でハーフティンバー。
 1923年、関東大震災で倒壊(焼失?)してしまったのですが。

 初代と二代目は迷いもありましたが、80系湘南電車との合わせを考えると(またその時代の優等列車群。青大将や151系等)、二代目は時代も合います。



 やや荒い作りは承知ですが、二代目辻堂駅舎(1924?-1977)。取り敢えず形になりました。

 先に断っておけば、鉄道模型のストラクチャーのお約束で実物縮尺よりも寸法を詰めておりますし、何より資料とくにカラー写真が殆ど無いので、色は適当です。
 それ以前にパーツの都合での妥協もありますし。

 言い訳はともかく。
 
 かなりインパクトの強い窓枠表現は窓の中に二重に窓枠置くことで表現。
(但し不足部分は旧タイプの窓枠で代用。何故か手許にたくさんあるので)

 カラーリングは後年の写真では窓枠の白さが際立っているので、窓枠や縁取りの白を優先してみました。
 壁の色はダークタンが正解の様なんですが、そんなに持ってないのでタンで代用。


 向かって左サイドの窓は目立ちますね。煙突も。


 やや縮小しましたが、此方側には駅務室?があります。
 資料は少ないので適当に嘘ついてますが、鉄道駅はある程度「お約束事」ありますので、その範囲です。
 
 最悪、架空の「木造モルタルの旅客駅 国鉄でも私鉄でも、その気になれば外国形でも使える汎用型」と言い張ればよいのですし。


 で、更に大嘘重ねてしまったのは全く資料のなかった裏側(線路側)。
 まぁ、概ね表側と同じ姿であると仮定すると不自然ではないでしょう。多分!

 なお、辻堂駅のレイアウトは改札を抜けると、写真で右側(駅務室の無い方)へ線路沿いの通路を歩き、その先の跨線橋を渡って(地下通路の時代もありか?)島式ホームに出る流れです。跨線橋は流石に……堪忍してください。


 覗くと中が見えるので、申し分程度にインテリアは用意。
 木製ベンチx3 改札は古風な木製。その上には時計と発車標。おそらくは駅員が手作業で差し替えるような奴です。

 右手に出札口。ここも「想像」ですが。

 なお、1977年の末期だと流石に改札口はもっと近代的になってたでしょうし、出札口も自動券売機になってたと思われます。


 駅務室側も。出札口内部。切符のラックを適当に。
 あとは休憩用?のソファ。
 やはり1977年想定だとマルス端末とか入ってるはずですが、やはりもっと昔の想定。



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 さて、あとは当日これに気がついて貰えるか……。

 でも、架空のものでも鉄道の展示で「駅舎がなんにもない」のは寂しいですし、かと言って辻堂のイメージとかけ離れた架空駅(高架とか、余りにデコラティブなやつとか)ってわけにもいきませんからね。これで良しとしましょう。
 
posted by 関山 at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 建物作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする