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2013年04月21日

【実物鉄道】ちょっとミニミニレールのことも思い出してみた。

 先日のスーパーレールの記事が好評だったようなので、今度はバンダイの「ミニミニレール」のことも。
 但し、スーパーレールと異なり、その全容全貌を紹介されているコレクター頁がありません。せめて、歴代3種はあるはずのカタログデータがアップされていればロゼッタストーンになるのですが。

 wikipedia:ミニミニレール

 おもちゃであそぼう、より「ミニミニレールのページ」(先のスーパーレールの濃いサイトと同じ方のコンテンツです。ここが一番濃い)

 Nゲージ蒸気機関車(通称、神サイト)より、「ミニミニレール風レイアウト」

 あと、2chの古いスレッド「バンダイのミニミニレールの話題で1000をめざすスレ」

 先ずはwikipediaベースに。
1975年(昭和50年)から1980年代前半(昭和50年代後半)にかけてバンダイより販売されていた。

初期の製品は単5乾電池2本で走る3両編成の列車であったが、後に単3乾電池1本に変更される。動力車は、機関車タイプの編成では機関車が動力車であり、電車タイプの編成では2両目が動力車であった。動力車には進行方向レバーが側面に付いており、レバーの向きで前後進し、レバーを中央で止めるとモーターがストップする。

軌間は11mmで、HOナローと近似のサイズであった。逆転機能、停止機能等のギミックを備えていた。塗色は初期はグレーであったが、後にダークグリーンに変更された。

1980年代初頭になるとNゲージ鉄道模型が勢いを付け、ミニミニレールの人気は低迷し1982年で販売終了となった。
 開始時期は1975年でいいのかどうか。もう少し早かったという気もします。
 自分が最初のセットを買ってもらったのは1979年6月で、その地点で既に所謂「後期」に入っていましたから。たった4年で動力系が二度も変更され、パッケージデザインなども二転ほどしているのは不自然な気がしますが、さて?

 収束時期は1983年だったと思います。0系新幹線(1000番代)塗り替えの200系タイプが最後の製品だったようです。

 動力系は三世代が存在していました。
・初代。単5電池×2。方向転換機能なし。電車用とD51蒸機用が存在。
・2代。単5電池×2。方向転換機能あり。
・3代。単3電池×1。方向転換機能あり。1979年にはこのタイプになっており、終焉までこのままでした。方向転換機能は極性切替、ストップはマイクロスイッチで通電を切るものでした。プラレールのストップは車体を浮かせて空回しさせるものでしたから、それに比べて高機能・省電力です。但し、接点数は相当多く、耐久性に問題が起こりやすいのも欠点。
 共通するのはキャラメルモーター使用でウォームによる1軸駆動。

 他サイトでは記述されていませんが、付随車の足回り(長:客車用/短:貨車用)はそれぞれ二種類があり、創始期-1978年ころ?までの車輪が露出したタイプと、1979年以降の車輪が半分隠れたタイプがあります。後者のほうがずっとリアルな感じに見えたものです。
(子供心には大型の電車や客車も2軸車であるのは気になりませんでした)

 レールも二世代がありました。初代は灰色整形。2代は濃緑灰整形にレール上面に灰色ペイントです。1979年地点では2代に切り替わっていた由。この辺のモデルチェンジはスーパーレールとも共通。互いにライバル視していたのかもしれません。

 車両ラインナップは展開された時期に対してかなり多い。よく云われるよう私鉄の豊富さが特徴です(小田急・東武・西武通勤・西武5000・東急・京成通勤・京成[初代AE]・営団千代田線・京王。当時の関東大手が京急以外全て製品化!)。ただ、当時の自分は「私鉄より国鉄」「電車より客車列車」だったので電車系は全く持っていなかったのですが。
 国電は103系とそのカラバリ4色。113系とカラバリ(湘南・スカ・関西線快速)。485系。583系(485系の色変え)。113系の色変え415系。

 電車といえば、0系新幹線は大窓車と小窓車の二代が存在しました。後者への切替時期がちょっと特定できません。ひょっとしたら末期に200系との金型共通化を目指してリニューアルされたのかも?
(国電も101系ベースから、103系冷房車へと金型変更されたっぽい)

 一方、気動車は皆無です。まぁあのプラレールでも気動車、而も特急型以外のリリースは遥か後年ですが。

 外国型ではTGVが存在。輸出を意識したものではなく純粋に国内向けと思われます。1981年秋の営業運転開始当時は日本でも話題になっていましたから。そういえば関水金属のNゲージ模型も、特に外国型と意識されず日本型と同じ扱いで並んでいたと記憶します。

 持っていた車両について触れておきます。
 C62+10系客車。C62はダミーで、10系客車に動力。
 DD51+10000系コンテナ車2両。DD51はダミー。コキ10000に動力。違和感は感じず。DD51の精細さに驚きました。1979年の新製品だったと記憶します。
 EF71+10系客車2両。EF71はEF65の塗り替え、全然気になりませんでした。
 EF65+貨車。貨車はワム80000・海コン積みのチキ?・ヨ5000。
 ブルートレイン(EF65+24系25形 2両 1980年製品)
 EF71+貨車。貨車はワム80000(保冷車仕様の白)・黄色いタンク車・ヨ5000。後述する「切り離しセット」用の特殊仕様。

 そういえば、Nゲージ同様に車番がプリントされていました。白いワム80000はきちんとワム580000番代でした。ナハ10はきちんと窓サッシにもペイントが入っていたもの。交流電機に牽かれるため、車番は2000番代電暖車だったような。その辺り、丁寧に作られた玩具でした。

 但し、耐久性がないのが動力系。
 ホコリ巻き込みと油切れで、購入後半年ほどで走行性能ガタ落ちになってしまうのです。新品電池入れてもダメ。そのうえ、極性切替・ストップのための接点が多い構造もトラブルの元。今思えば分解清掃と接点磨き、注油で或る程度復活させられたと思うのですが。

 編成としては、EF65に10系客車2両+24系2両の4両編成など、動力の状態が良い時は楽しんでました。今思えば1972年ころの急行「瀬戸」※みたいな編成ですが。

 ※;試行投入の14系寝台車+座席車は旧型客車という編成

 セットは最初に買ってもらったC62が所謂「No1セット」。オーバルにストップレール・進行方向切替レールのみのシンプルなもの。それでも立木とか架線柱・信号機のリアルさはすごかった。
 あとはレール・アクセサリ・車両の単品購入。

 他のサイトでまったく情報が見つからないのが「切り離しセット」。1981年の製品で、EF71と、貨車両端の連結器がアンカプラー対応になっていました。貨車側の連結器は従来の連結器の「雄」とつなげる下位互換性あるのがミソです。ほぼフルオートで、
貨物列車走行→逆行で側線に入る→アンカプラーレールで貨車切り離し、突放→機関車のみ折り返して本線エンドレスへ→エンドレス1周して側線に戻る→貨車連結して本線走行……
を繰り返すという構成。しかしレイアウトプランとか思い出せないのです。せめて画像の一枚でもあれば……。
 余談ですが、このセットのヨ5000は通常品の緑ではなく、「黒」でした。

 情報が見つからないというと、1980年ころの製品「自動ふみきり」。警笛セットと同じ型を使って、踏切のLEDが点滅、サウンドが鳴るという当時なりのハイテク玩具。機械類を収める詰所部分が子供心にリアルで嬉しかった。
 また、「ポイント左/右」「ストップ」「進行方向切替」をワイヤードリモコンで出来る中央コントロールシリーズも1980年頃に加わっており、「ポイント左」は所持していました。ただ、今なら一箇所が電動化されているポイントなら面白い遊び方も思いつくのでしょうが、当時の子供には「電動で面白い」から進めなかったのが残念でなりません。なお、このシリーズもモーターは車両同様のキャラメルモーターです。

 土手部分のついた「坂レール」に、リアルなトラスの「鉄橋」もお気に入り。
 曲線レールに被せるトンネルは植毛された渋目の緑色で、何時かは欲しいとおもってたものです。
 「山の駅」(片面ホームの駅舎付き)と「自動発車駅」は組み合わせて、3面3線の大きな駅にして遊んでました。また、レゴ使ってストラクチャ……高架駅を作ったこともあります。

 レールはかなり種類がありました。
 基本曲率の曲線の他、複線曲線、あと末期には基本曲線より一回り小さな半径の曲線もリリースされてました。ラインナップ増やすためと言うよりは、低価格のシンプルなセット用という感じでしたが。
 直線は、とにかく端数レールの種類が凄い。短直レールBセットは極短レールが4種類くらいの組み合わせで、1979年ころのカタログでは「通販専用」という扱いだったのですが、後日一般販売され、普通にデパートで買えた記憶あります(1980年頃)。

 ポイントは「可動」「固定」の二種類でそれぞれに左右あり。後者は直進方向のみに進むというもので、子供には使い方が分かりにくいシロモノでした。今になってみると「同じ向きのを2つ組み合わせれば、交換駅のスプリングポイントとして使える」のが分かるのですが。また、ポイントは同方向を2つ組み合わせるとそのまま片渡り線としても使える寸法。この辺のシステム化は上手かった。

 1980年頃、三叉分岐とシーサスクロスまで製品化されています。
 先の私鉄車両のバリエーション展開もそうなのですが、今思えばバンダイはかなりの力の入れ方だったのですね。王道プラレールに負けじという気合はあったように思えるのです。

 あと、ひとついい話。
 1981年暮れ頃、故障した「自動ふみきり」「中央コントロール ポイント」をデパートおもちゃ売り場経由で修理に出したことがありました。なんと、無償修理で戻って来ました。
 こうした対応自体が稀だったからの良心だったと思うのですが、これ故に管理人のバンダイへの印象は悪くないのです(まぁ……最近は以下略らしいのですが。幼い消費者とその保護者は敏感ですよ割と!)。


 最後に。
 当時の管理人がミニミニレールに醒めてしまったのは、1981−82年当時に生活していた地方都市ではセットはなんとか売っていたものの、単品車両・レール・アクセサリが殆ど入手できなかったのが大きいです。
 これでは、こまめな拡張も出来ません。

 今、レゴトレインの問題でやたらに「単品車両出せ」「レールの種類を」とか愚痴るのは、この辺の記憶があるからかもしれません。セットのみで発展性無いのはダメなのです……。
 
 あと。
 一般論としては、スーパーレール同様、「プラレールとNゲージの間というポジション」が中途半端であったことに尽きましょう。プラレールが先鋭化していくと対象年齢も上がっていき、小学校高学年くらいでのNゲージ鉄道模型とのシームレスな接続も可能になってしまうでしょうから。
 半端なポジションの規格は、居場所がなくなります。退潮は必然だったのでしょう。
 
posted by 関山 at 04:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 実物鉄道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする